クロネッカを「ゲーデル史観」で、どういう位置に置くか、とりあえずヒルベルト数学ノートブックに書くために、色々と調べて、クロネッカについての考えが少し変わった。
兎に角、この人、分かりにくい。また、史料がない。
で、それを記録。
- Edwards の「クロネッカ研究」で、クロネッカのことがかなり解明されていると思っていたが、これは間違い。クロネッカについての史学的研究は、ほとんどない。Edwards の研究は「クロネッカの数学の解明」であって、「クロネッカという数学者についての史学的研究」にはなっていない。もちろん、誰もが「わかりにくい」という点で一致するクロネッカの論文を読めるようにしてくれているのは凄くありがたいし、大きな成果なのだが、「クロネッカとはどういう人物だったのか?何を考えていたのか?」については、ほとんど解明していない。
- Edwards の研究が「クロネッカという数学者の数学史」になっていない理由のひとつは Edwards が本当の意味での歴史学者ではないからだろうが(クロネッカ本人に対してはその数学に対して程の興味がないように見える)、次にリストするようにクロネッカは、史学的に解明するのが物凄く難しく、おそらくは十分に解明できない人物。つまり、クロネッカと言う人は、数学史の永遠の謎で終わる可能性が高い。
- 謎の理由1:おそらく、これが最大の理由なのだが、クロネッカ―のアーカイブが、第二次世界大戦後に疎開先の廃鉱山の事故で失われたこと(Edwardsによる情報)。つまり、史料が存在しない、あったけれど失われていて、しかも、もう絶対に出てこないということ(まあ、廃鉱山の発掘でもやれば別か?でも、多分、燃えてしまっているだろうな)。
- 謎の理由2:クロネッカの「発表スタイル」。彼の論文を読んでいると、この論文の結果は、〇〇〇年ごろにすでに得ていたものだ、とか、それは○○〇年ごろにベルリン大学の講義で話した、とかいう情報が多く書かれている。で、講義で話したら発表したつもりになって、20年位公表しないという風なことをやっている。その内容を、出版したいと思っていたらしいが(全集の数論講義のヘンゼルによる前書き)、その前に死んでしまった。そして、残っていた史料の一部は全集になったわけだが、例えば数論講義の、大変重要な「雑談部分」は、全集には含まれていない。そして、幸いにもそれがフランスで発見されて、今は読めるわけだが、同じような史料は、おそらく多く残っていたと思われるのだが、それが廃鉱山の爆発事故で吹き飛ばされてしまったらしい。
- 謎の理由3:論文に、読者に分かってもらおうという姿勢がほとんど見られない。「雑魚」には自分の考えていることは分からない、ということを楽しんでいる風がある。たとえば、数学の理論的構成は、非常に高いところを目指して、それを使って、低い所も説明するというスタイルになっている。代数学の基本定理が、ガロア・レゾルベントによる分解体の構成と、ガロア・レゾルベントがモニックであることを利用した根の近似アルゴリズムからなるというのは、その一例。√a も、これを使って説明するのだから、分かりにくいこと極まりない。x^2=a の単項イデアルの商体でよさそうに思えるが、実際には、これのガロア・リゾルベントをクロネッカのアルゴリズムでもとめて、その単項イデアルが、同じイデアルになることを説明して、初めて、√a が導入される!
- 謎の理由4:どうも、話好きだったらしく、オーラル・コミュニケーションによる自分の研究成果の伝達を好んでいたらしい。で、当然、死後には、それは消えてしまう。
- 謎の理由5:4に関連するが、わざと人を挑発するような過激な発言をして楽しんでいた節がある。無理数一般を認めないとか、条件は有限とかいうが、解析学の講義は、「これこれは算術由来ではなくて、幾何由来だが」というような、断りは入るのだが、ワイエルシュトラスの名を引用しての、ε-δ論法による、スタンダードな講義になっている。まだ、詳しく読んでないので、非常に無限的な定理は避けている可能性はあるが、全然、有限主義には見えないし、解析的整数論なども、非常に予想外の結果を得られる研究方法と呼んで、評価している。もちろん、理想としては算術主義(初等整数論的なもので、数学のすべてをカバーする)だったのだろうが、少なくとも晩年になってワイエルシュトラスがまいるほどの意地悪(年長のワイエルシュトラスを弟子扱いにしたらしい)をするようになる前のクロネッカの実態は、かなり常識的な人にみえる。それが段々と性格が拗れて来て、嫌みになって、完全に誤解される人物になった可能性が高い。
ということで、クロネッカという人の研究成果を人に伝える際のスタイルと、史料の事故による消失、という二つの最悪の組み合わせが起きている。で、おそらくクロネッカの本当の姿は、何か、よほどのことが無い限り解明できないのだろう。その「よほどのこと」というのは、例えば、彼に非常に近くて、彼を非常に尊敬していた金持ちのアメリカ人留学生がいて、財力にものを言わせて彼との会話の記録や、講義の速記録などを大量に作っていたが、そういう史料を帰国時に持ち帰り保存していたのが、その子孫の館やら寄贈した大学の倉庫などで偶然発見される、とか、そういう風な奇跡的なこと。まずは、起きないでしょうね…
で、クロネッカは数学史の永遠の謎となるか?
クロネッカの画像は、一つ前の投稿のものを編集して使った。出所をそちらを参照。