ヒルベルト数学ノート研究のページを更新:ヒルベルトとクロネッカ

ゲーデルと数学の近代

ブログの更新が5カ月ぶり位になった。

この間色々なことがあったのだが、「ゲーデルと数学の近代」について言えば、ヒルベルト数学ノート研究の内、簡単に済むと思っていた「無理数ノート」が案外難物だったことが大きい。

ヒルベルトの手書きが多義的なところとか、文法的に変だったりとか、読みも大変で、ドイツ語・ドイツ文学が専門の人たちにかなり助けてもらったが、それに一応決着がついたのが10月だった。

ただ、その後、このノートがクロネッカとヒルベルトの関係を考えるときに重要なノートだということに気が付いて、クロネッカ関係のものをベルリン大学での数論講義の記録なども含めて読み始めたりで、時間がかかってしまった。で、クロネッカに関して言えば、√5 の導入に、ガロア・レゾルベントによる分解体の定理が使われるというのは、何とも誤解されたり嫌われたりしても仕方ないな、という結論にいたった。

飽くまで素人の推測だが、リーマンの哲学、ヴェイユ・グロタンディエクの数論と代数幾何学の統合とか、ラングランズ・プログラムとかの背景に「数学の様々な分野や存在の裏に、遥かに高度で美しい構造が支配する統一的世界がある。数論、幾何学などを越えて、それが見えて、数学の諸分野を一望にできるような『直観的』視野を獲得できたときに、初めて数学の本質がわかったといえるし、それぞれの分野の理論構造や存在の本当の理解も初めて達成できたと言える」という信念というか、夢のようなものがあるように感じるのだが、クロネッカの数学は、そういう性格が強すぎたのではないかという気がする。

天才的な人たちならば、優れた仏師には彫り始める前に材木の中に仏が見えるように、具体的な多項式環の世界の中に様々な構造が見えるのだろうが(それが後にErnst Steinitzの抽象体の論文になったりする。この論文Algebraische Theorie der Körper、読んでみるとあまりにクロネッカの仕事の書き直しが多くて、これなら自分でも書けるのではないかという風にさえ思えてくる)、代数的無理数の基礎付けにそういうのを使えというのは、あまりに高踏的過ぎるという気がする。

最初はデーデキント切断か何かで勉強しておいて、後でクロネッカ流で勉強しなおすというのならば、色々と納得するためにも大変良いと思うが、クロネッカのやり方だと、最初からガロア・レゾルベント!と言う風に、随分、数学を勉強させられて疲労困憊。一応、終わってホッとしているが、結局、そういうのを解説記事にすることに決めたので、またまた大変…。

これに比べると、無理数ノートの読みの方は、ジークフリート伝説がでてきたり、低地プロイセン語がでてきたり、それで興味深々となって東プロイセンの古い動画のDVDを見つけて買ったりとか(以前はケーニヒスベルクに行くとカントの遺品が丁度西田哲学館の西田の遺品の様に展示されているのを見ることができたらしい。おそらくすべて灰燼に帰したのだろうけど…)、随分楽しめた。やはり、数学を早め目にやめて人文に転向できて幸せだったなとしみじみ思う。数学は僕には難しすぎる!この年になって、数式を見ると蕁麻疹がでるという人の気持ちが良くわかるようになった。(^^;)

とは、いうものの、やはり一番忙しかったのは、家事と、健康上のことなど。病気の方は、歯から上顎洞とか眼とか色々あるのだけど、一番大きかったのは、夏に人間ドックのMRCPで、IPMNの疑いを言われ造影CTでの再検査となったこと。

MRCPの画像をお医者さんが一目見て「確かに大きいな」とつぶやくものだから、その画像を素人理解で分析・理解して、もの凄く巨大な塊があると誤解した。これは内臓の半分位は摘出かと覚悟を決めたが、実は、よく見ると所見と位置が違う、で、もう一度、考え直してみたら、以前からの人間ドックでその存在がわかっていた別物だった。そして、造影CTの方は、同じお医者さんが一目見て問題無しとなった。

結局は問題なかったものの、心理的にはかなりしんどかった。とはいうものの、今後も、こういう風に気を付ける予定。こういうのに、心理的にしんどいから見ないようにするという人が多いようだが、僕には理解不可能。日本には特に多い様な…。日本人には臆病な人が多いのかな?何も知らずに死んでしまうほうが、真実を知って心理的な負担を抱えながらも生きるよりはよいと思っている人が多いのではないか…

画像は、クロネッカ(左)と若きヒルベルト。どちらも、St. Andrews 大学の MacTutor 由来(一つは Wikipedia からダウンロード)。背景は「数学ノートブックのページ」にも掲載してある「無理数ノート」の一部。

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