ゲーデルと数学の近代 ver.2020.12.01

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このサイトの目的は「ゲーデルの不完全性定理と数学の近代化の関係」についての私の研究を公表・解説することです。ゲーデルの不完全性定理は一般には「人知の限界を示す数学の定理」として知られていますが、数学の専門家のほとんどは不完全性定理をこの様には解釈しません。数学者、特に不完全性定理が、その分野に属する数学の分野である数理論理学の専門家のほとんどは、この定理が「数学の一分野である数理論理学の歴史的に重要な定理」ということ以外の意義を持つとは考えず、あくまで数学の中だけで意味があると考えるのです。

私は、研究者としては数理論理学者として出発し、その後、情報学や人文学に転向しましたが、転向した後も数理論理学との縁は深く、それもあって長い間これらの専門家と同意見でした。しかし、このサイトで紹介するような「数学の近代化の歴史学的研究」を本格的に始め、19世紀から20世紀半ばまでの思想史、特に欧米そして日本の文化の近代化の歴史を理解できるようになって、最終的には、この解釈を捨て「古代ギリシャ以来の数学と哲学の深い関係を断ち切り、数学を真に近代化した定理」と解釈するようになりました。

私の研究の最初の目標は現代数学の成立を歴史学・社会学などの近代化史観の立場から理解できるようにすることでした。その様な目標をたてたのは不完全性定理の発見者のクルト・ゲーデルが1961年頃に書いたとされる生前未刊の講演原稿を読んだことでした。その講演原稿でゲーデルは、私が中学生のころから親しみ「理性の進歩の象徴=近代化の象徴」だと信じ切っていた「集合と論理」を「近代化への逆行」として位置づけていたのです。

物理学などほとんどすべての知の体系が、宗教、神学、形而上学から離れ、実証主義、唯物論、ニヒリズムの方向に進む中を、唯一数学だけは反対方向に進んだとゲーデルは書いたのですが、この「逆行」が集合論を多用する数学の登場のことだったのです。亡くなった哲学者の吉田夏彦さんが若いころに集合論を形而上学的なものと書いておられるのを最近見つけました。このことが示しているように、アリストテレス論理学や哲学、そしてウェーバー社会学に代表されるような近代化論などの人文学の素養があればゲーデルが書いたことは、なるほどそういう考え方もあるかと納得できるものだと思います。しかし、ゲーデルの講演原稿を最初の読んだ時の私はまだ人文学に疎く、ゲーデルの主張に非常に大きな衝撃を受けました。

そのころの私は若いころに果たせなかった歴史家への転向を「昼は工学部教授、夜は歴史家」という風にして半ばながら達成しつつありましたが、本当の歴史学者と言うには必要な背景知識が大幅に欠けていたのです。その後、幸いにも人文学のプロに転向することに成功し、本格的に社会学、思想史(哲学史)、数学史などの研究を進めて、ゲーデルが書いたことの意味とその歴史的背景、そして、それに対する自分の意見を持つことができるようになりました。そして、その結果、自分でも驚いたのですが不完全性定理の歴史的意義が、それ以前と異なって見えるようになったのです。

この様に私自身にとっては、このサイト「ゲーデルと数学の近代」の「ゲーデル」は、私の研究の切っ掛けを作ってくれた1961年の講演原稿を書いた哲学者としてのゲーデルなのです。しかし、「集合論的数学の成立を通して近代化というものを理解したい」という私の興味は、江戸末期に商家として建てられた家で日本文化に囲まれて育った幼児の頃に「なぜ自分は髷を結ってないのか。洋服を着ているのか」ということに疑問や違和感を持っていたような「変わった人」のものであるはずです。一方、多くの人に取っては、ゲーデルとは不完全性定理の発見者であり、また理解したい第一のものは不完全性定理そのものとその意義・意味でしょう。

また、そういう多くの人たちの関心の対象を理解せずに、私の研究の内容を理解することもできません。京大文学研究科時代に、多くの哲学者と交流する機会がありましたが、数理哲学関係をやっているという人でも、その数学への理解は数学科の平均的な学部学生にも届かないのが普通だと知って大変に驚いたものです。本サイトは人文学の専門家にも見て欲しいのですが、そのために不完全性定理の数学的側面やその数学史における背景も理解してもらう必要があります。そのため本サイトは私の興味だけに拘らず不完全性定理とその発見者としてのゲーデルに興味を持つ人たちのための「不完全性定理入門」の役割を持たせます。

そして、そういう目的のために以下の様な内容を段々と作成・公開する予定です。ただし、これは予定であり書き進めていく内に項目を変えることも多いと思います。また、サイトの由来「 このサイトについて 」で書いたように、このサイトの内容の多くは私が京大文学研究科・文学部時代に行った講義の内容と被るので、新たな文章を書くまでは講義資料を置くことにします。