ゲーデルの歴史観:哲学から見た数学の基礎の近代的発展
ver.2021.05.31 この時点では部分訳 完訳は近日中に作成予定

更新情報
2021.06.01: 注の順番と番号の間違いを修正し、その文章も手直し。その他、訳文の細かい改善。

解説

このページでは、ゲーデル全集第3巻pp.367-384にドイツ語原文と英訳が並置されているテキストの独原文の和訳を公開する。このテキストはゲーデルの死後に「Vortrag, Konzept(講演, 草稿)」と書かれた封筒の中にあるのが発見されたもので、全集の編者たちは、このテキストを「アメリカ哲学会からの会員としての招待に際して招待された新会員が行うのが通例であった講演の原稿」として書かれたもので、1961年頃のものだろうと推測している。ちなみに全集では、このテキストに"The modern development of the foundations of mathematics in the light of philosophy"「哲学の立場から見た数学の基礎の近代的発展」という題名がついているが、これは編者がつけたタイトルのようだ。

この注目されることも少ないテキストが、本サイトで紹介する私(林晋)の研究の出発点となったものであり、本サイトの理解に欠かせないものなので、プリンストン高級研究所、 The Institute for Advanced Study, Princeton, より許可を得て、ここに和訳・公開する。同研究所に深く感謝する。和訳は林晋が独原文より行った。公開日の2021年5月31日では、2021年6月5日の林の西田・田辺記念講演で使用する部分のみ先行して翻訳しており完訳ではないが、近日中に完訳する予定である

講演, 草稿 訳

ここで私は、世紀の変わり目ごろからの数学の基礎付け研究の展開を、哲学の言葉を使って記述するとともに、可能なる哲学的諸世界観(Weltancahungen)についてのひとつの普遍的スキームで整理してみたいと思う。そのためには、まずこのスキームが何であるかを明確にせねばならない。可能な諸世界観を概観するための最も実り多い原理は、それらの世界観を、形而上学(あるいは宗教)に対しての親和と離反の度合いと様態で分類することだ、と私は信じる。この原理により、これらの世界観は直ちに二つに分類される。一方では、唯物論、懐疑論、実証主義、であり、他方では、唯心論、観念論、神学、である。この分類において、懐疑論は唯物論より神学からの距離がさらに遠いのであり、また、他方においては、観念論は、例えばその汎神論的形態においては、実際には弱められた神学なのである。

このスキームは、ある特定の条件下で考えうる哲学的諸学説の分析においても、実り多いものであることが判る。このスキームにより、それらの学説を分類したり、また、混合的な学説においては、その唯物論的要素や唯心論的要素を探し出せるのである。例えば、アプリオリズムは原理的に右に経験論は左に属する、といえる。しかし他方で経験論的に基礎づけられた神学というような混合的学説も存在するのであるが。またさらにオプティミズムは原理的に右に属しペシミズムは左に属するといえる。何故ならば、懐疑主義が認識に関わるペシミズムといえるからである。唯物論は世界を秩序がなく、その故にまた無意味な原子の堆積とみなす。さらに唯物論では死は最終的かつ完全な無化である。他方、神学と唯心論ではあらゆるものに、意味、目的、理由を見出すのであるが。一方で、ショーベンハワーのペシミズムは混合的学説、つまり、ペシミズム的観念論である。他の明らかに右に属する理論は客観法の理論や客観的審美的価値の理論である[注1]。その一方で倫理学や美学を習慣や教育などを基礎に解釈することは左に属する。

ルネサンス以来、哲学は概して右から左に進んだという事実は、今や良く知られており、言い古されたとさえいえる。もちろん、それはひたすらに右から左というのではなく、時に反転もあってのことだが、全体としてはそういえるのである。とりわけ物理学においては、この展開が我々のこの時代においてひとつの頂点を迎えている。客体化可能な事実の認識の可能性が大幅に放棄され[注2]、観測結果の予測だけに甘んじなくてはならないというのだ。これは実に通常の意味における理論的学というものの終焉である[注3](その予測はテレビや原子爆弾の様な実用的目的のためには完全に十分ではあるが)。

もし、この攻撃的(rabiat)と呼びたくなる展開が、数学という学の理解においては起きなかったとしたら、それは奇跡というものだったろう。実際の所、本来的にアプリオリの学である数学は、常に右に進む傾向があり、ルネサンス以後支配的だった時代精神に長く抗していた。ミルの様な経験論的数学論が広く支持されるようなことはなかったのである。数学は物質から離れ、さらなる抽象の高みに進み、その基礎においては常により大きな明晰性の方向に進み懐疑論から遠のいたのである(たとえば、無限小解析や複素数の厳密な基礎付けなど)。

しかしながら、世紀の転換点に至り、終にその時が訪れた。それは集合論のアンチノミーであった。数学の内部とされる所で矛盾が発生したのである。それは懐疑論者や経験論者により誇張され左に向けての革命の口実として利用された。「数学の内部とされる場所」と言い、「誇張」と言ったが、その理由は、(1) 矛盾は数学の内部ではなく、哲学との境界上で発生したのであり、また、(2) 完全に十分で、また、その理論を理解する物に取っては、ほとんど自明な方法で、この矛盾が解消された、からである。しかしながら、この様な議論で時代精神に抗することは出来なかった。その結果、多くのあるいは殆どの数学者が、それ以前には真理の体系とされていたものを放棄し、その一部分だけを(それは気分次第で大小があったのだが)真理の体系として認め、それ以外の部分は良くても仮説的なものだ、つまり、正当的に行えることは、(正当化はできない)仮定から結論を導くということだけだ、と考える様になったのである。
…<中略>…

この様なニヒリズム的結論は時代精神には全く持って合致するものだったのだが、この時、あるリアクションが起きた。それはもちろん哲学側からのものではなく数学側からのものだった。既に述べた様に、数学はその本性上、時代精神に相容れぬものなのである。ヒルベルトの形式主義が標榜するところの、時代精神と数学の本性の双方を同時に充たすことを目指す、その奇妙な混合体が生まれたのである。
…<中略>…

ここまで述べてきたことは自明なことばかりであり、その様なことを述べたのは、これから述べることの理解のため重要だからであった。しかし、歴史の展開のその先の一歩は次のようなものだった。数学の古き右翼的な側面を、多かれ少なかれ時代精神に従う様な方法で救い出すことは不可能だと分かったのである。自然数論に話を限定しても、あらゆる数論的命題Aに対して、Aか¬Aが常に証明できるような公理と形式的ルールのシステムを見出すことは出来ないのである。また、さらに、ある程度包括的な数学の公理系に対して、明確な記号のコンビネーションについてのみの考察だけでは、その無矛盾性を証明することは不可能であり、なんらかの抽象的要素が必要なのである。唯物論と古典数学のヒルベルト的組み合わせはかくて不可能だと証明されたのである。…<以下略>…

注1.「客観法の理論や客観的審美的価値の理論」の原文は、"die des objektiven Rechts und objektiever aesthetischer Werte"である。カントの「実践理性批判」と「判断力批判」の理論を念頭に置いているのだろう。

注2.「客体化可能な事実の認識の可能性」の原文は、"die Möglichkeit einer Erkenntinis der objektivierbaren Sachverhalte"である。この部分は量子力学について語っていると思われるが、"objektivierbar"という言葉はハイゼンベルクが1933,4年におこなった講演 "Atomtheorie und Naturerkenntnis"で使われた"Objektivierbarkeit" 客体化可能性を意識したものであろう。この講演で、ハイゼンベルクは、古典物理学からの離脱を宣言し、物理学の理論が現象を完全に客観的に対象化しなくてはならないという考えを、本来物理学にはない考えで、150年ほど前に哲学から輸入された条件だと主張した。そのとき、この条件を"Objektivierbarkeit"と言ったのである。ハイゼンベルクは、自身の不確定性原理に従い、量子力学では、観測が観測される現象から切り離せないため、「客体化可能性」、つまり、「現象を完全に客観的に対象化できる可能性」は放棄されるべきだと主張したのである。

注3.「理論的学というものの終焉」の原文は、"das Ende jeder theoretischen Wissenschaft"である。Wissenschaftは「科学」と訳されることが多く、全集の英訳でも all theotretical science と訳しているが、日本語の「科学」、英語の science に対して、ドイツ語の Wissenschaft が持つニュアンスからすると「学」と訳すべきと考えるので、その様にした。いずれにせよ、ゲーデルが親しい友人アインシュタインと同様に量子力学に違和感を持つ様な伝統的思索者であったことを示唆し、第二次世界大戦後のマルティン・ハイデガーが主張した「哲学の終焉」を想起させる興味深い言葉である。