1982年の日本

日々の記録

最近書いた文章のために、この所、いささか呆然としている。

その文章というのは、丁度、40年前の1982年に発足した当時の通商産業省による第五世代コンピュータプロジェクト(以下、「第五」と書く)を技術史の観点から書いたもの。歴史関係の雑誌からの依頼で書いたものだが、書き進めるにしたがい、自分と日本の40年前と、その後の日本と自分の変化を自覚する作業になってしまったからだ。

僕の場合、50歳代初めに歴史学に転じて、この時に「人生がリセット」されており、それ以前の記憶は鮮明に残っているものの、それが現在の自分と不連続になっているというか、自分事ではないような感じになってしまっていた様に思う。

それが自分も外部委員をしていた「第五」を歴史の対象として客観的に分析してみて、現状と比較したときに、1982年の日本と我々、理論系のIT学者がやっていたことと、現状のあまりの差を遅ればせながら明瞭に見ることとなって、その落差に愕然としたらしい。

この様な作業は「第五」そのものではないが、「第五」のリーダーの渕一博さんが亡くなった翌年の追悼集会で基調講演を行ったときに、渕さんに対して、一度やっているのだが、それが2007年だったため、まだ、社会もITも変化が顕著でなかったためか、その時には、そういう感情は持たなかった。

この2007年と現在の間に、何が変わったかというと、deep learning が実用化され、GPU を転用した deep learning 用超並列マシーンを普通に売っているような時代になったこと、日本の経済的・国際的地位がさらに低下し、中国に軽々と追い抜かれ、韓国にも追い抜かれそうな状況になっていることなどである。

確か、天安門事件の年だったと思うので、1989年に、国際会議であった中国人の友人に、後20-30年くらいで中国が今の日本の様になるよ、と「予言」をした。友人は無理だと言っていたが、僕の方が正しかった。ただ、中国が追いつくことは予想したが、今の様な状況になるとまでは思っていなかった。

また、そのころ、日本は、これだけ急速に上り詰めたのだから、転げ落ちるのにも同じくらいの時間しかかからないのではないか、とも考えたのだが、まあ、それは最悪の場合でまずないだろうと思っていたが、残念なことに、そうなりつつあるようだ。

そう思って、アマゾンやWEBなど調べてみると、日本はもう先進国とは言えないとか、若者の未来は暗いとか、国外に逃げよとか、そういう論調の本が、このところ随分増えているのを見つけた。

僕が国外に脱出しようと真剣に可能性を探っていたのが、渕さんが亡くなる数年前だったようだ。結局、仲間がいる、もしかしたら立て直せる、と思って考えを変えたのだが、やはり上手く行かなかったようだ…

「デジタル敗戦」と言っているが、これを「デジタルの分野での敗戦」と思っている人がまだ多いのではないか。これはそうではなくて、「デジタル分野における敗戦による日本という国家・社会そのものの敗戦」なのだが。

我々の世代の責任は重い…

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