「情報技術の現代史」メモ 2019.05.16
質問票への回答のための資料
- チューリング完全性、Turing Completeness: 説明 日本語、英語
- コンピュータの様な機械や人間の計算力を理論的に定義するもの。
- あくまで理論的で、計算時間や計算に必要なメモリなどは無視する。たとえば、1秒で計算できても、100億年かかって計算できても、同じ計算だとみなす。
- そうすると、人間とコンピュータの計算能力は同じになる。この計算能力をチューリング完全な計算能力という。
- 実は、今日やるバベッジの蒸気コンピュータ「解析機関」はチューリング完全だった。つまり、数学的には、現代的なコンピュータに匹敵する。
- Human-based Computation: 人間を部品のようにして使う計算のこと。その様な手法はクラウドソーシングという分野と関係が深く研究分野として定着している。
- 宮崎駿「天空の城ラピュタ」の「黒い石」は一種のコンピュータを表している:1 2 3
- ルーツは、アイルランドの作家スウィフトのガリバー旅行記の第三篇 「ラピュータ、バルニバービ、ラグナグ、グラブダブドリッブおよび日本への渡航記」より、ラピュータの学士院の情景にでてくる
The Engine と思われる。
- 宮崎アニメの背景にあるテーマは、この講義のテーマと関連するものが多い。
前回までの資料から
Amazon FC というマシンと人間の関係を分析する
ピッカーという人間部品
- 楽天で受けた注文に、「ご注文ありがとうございます。ご注文頂いた〇〇〇の出荷は…」とメールを書いてくる小売業で働いているのは人間。
- そして、Amazon FC で働いている人たちも、確かに人間なのだが、Amazon FC というマシンの中では、それとは大きく違う存在となっている。
- ピッカー: Amazon 堺、市川FCで、棚から品物を取り出し集めていた人。品物をピック(pick)するのでピッカーという。
- Amazon FC を一つの「機械」としてみるとき、ピッカーは、その「部品」の役割をしている。
- つまり、人格をもった人間として扱われていない。
- では、Amazon のピッカーは、どういう意味で「部品」か、また、Amazon FC はどんか「機械」なのか?
- 簡単に言うと、Amazon FCをハードディスクだと考え、Amazon が売る商品をハードディスク上の情報だと見なすと、ピッカーたちの役割は、ヘッドと呼ばれているハードディスクの部品の役割にピッタリ対応し、Amazon
FC の仕組みと、ハードディスクの仕組みもピッタリ対応することがわかる。
- これを以下で示していく。
ピッカーの役割
- 実際のAmazon FCでのピッカーの求人
- この求人情報でピッキングという言葉が既知の様に使われているが、この仕事はアマゾン以外でもバイトの職種として定着している。参考。
- AmazonFCのニュースの動画では「ピッカーは誰にでもできる」ということが強調されていた。
- ただし、誰でもといっても、本の背表紙のタイトルを読む能力は必要。洋書だとかなりの能力必要。
- しかし、「真に知的」であることを求められているのではなく、ある程度以上の知性は発揮できないような仕組みになっている。.
- Amazon FCにおけるピッカーの役割(ロール role)と「位置づけ」
- ピッカーの最大の役割りは言語等認識部分
- ピッカーの役割りの「タイムライン」
- 棚に歩いて行き (筋肉)
- 品物を棚から見つけて (頭脳)
- 取り出してカートに入れ (筋肉)
- 持ち帰る。(筋肉)
- 当然だが棚への商品の配架もやっている。そのタイムラインはカートから本を棚へという部分が逆なだけで基本的に同じ。
Amazon FCは人間を「ヘッド」として使う巨大ハードディスク :ピッカーの自然な認識を封じ部品化するための1フィートルール
- バラバラ格納法:ハードディスクの仕組みとFCの仕組みの共通点
- Amazonそのものではないがドイツのpixiという会社のバラバラ格納用ソフトの今は存在しない広告ビデオから解説。
- ハードディスクの仕組み
- Amazon FC の仕組み。cnet Japan ”フォトレポート:Amazonの新物流センター、最速24時間発送を支える工夫”
- 「1フィートルール」: 「ヘッド(読み取り装置)としてのピッカー」が、2巻本の上巻、下巻を間違えないように、一定の距離離しておく。(ちなみに、英語としては「1フットルール」が正しい)
- つまり、「情報技術の現代史 (上)」 「情報技術の現代史 (下)」 という上下巻2冊の本があったら、これは同じ棚には置かず離して置くということ。
- 誤配というAmazonにとっての大問題への対策。
- 誤配の問題は対応にあたる人間のコストなども含め膨大だと言われている。
- これをどこまで減らせるかが Amazon のような企業の競争力。
- ビデオ:「誰にでもできるようになっています」「私にもできますね」とレポータが言っていた…人間に優しいシステム?
- 上の cnet Japan の記事p.7でも「このようにピッカーを迷わせたり、考えさせたりしないことがミスを減らすことにつながるそうだ。こうしたノウハウは米国で培い、うまくシステムと人のよい点をを連携されている」と書かれている。(「をを」は「が」の誤りだろう。)
- 本を本として認識してしまうと、上巻と下巻は、「情報技術の現代史」という内容に結びつき、同じものとして認識されてしまう可能性がある。また、デザインが似ているはずだから、人間ならば「同じ本だ!」と思ってしまう可能性が高い。
- つまり、同じ本の上巻、下巻であると認識する力、「『同じ』と認識する力」はこの場合においては邪魔者。
- その邪魔な知的能力「本を本として認識する」普通の人間が持つ知的認識能力を発揮できないようにし、ピッカーを「機械部品」として作動させて誤配を防いでいる。
次に、この様な「人間を部品とするマシン」とする「分業」というアイデアが、アダム・スミスの「国富論」に現れ、それがコンピュータのパイオニアといわえる19世紀英国ビクトリア王朝時代の、万能学者チャールズ・バベッジにより、「格差を利用して設けるマシン」の原理に変えられ、かつ、バベッジが、それをコンピュータと関連付けて考えていたことを、歴史史料を使ってみる。
アマゾンは無人化を目指している?
アマゾンは、すでに一部の倉庫を大幅にロボット化しており、日本でも、川崎FCを始めとして茨木などにロボット化FCができたことは既に話した。この秋には、京都府初の京田辺FCが稼働を開始する予定だが、これもロボット化FCである。
アマゾンの理想は、無人化FCであるらしい。このアマゾンのロボット研究者へのインタビューでの
「どちらかというと「協働」を実現したいと思っています。今回の競技を見ていただいてもわかる通り、完全自動化までの道のりはまだまだ遠いのです。」
という発言に注意。これは完全自動化なのか、人間と機械の協働なのか、と問われての答。
「まだまだ遠い」ということは、その遠い目標を目指しているということ。
つまり、アマゾンの目標は、FCの完全自動化、完全無人化。
ちなみに、上のロボット研究者の発言は、2017年に日本で開催されたアマゾン・ロボティクス・チャレンジという無人化ピッキング技術のコンテストでのインタビューでのこと。
この競技会が、2018年にはキャンセルされている。おそらく、このことは今の段階では、完全自動化のための技術が十分育ってないとAmazonが判断していると思われる。
その一方で、茨木FCや京田辺FCの様に、大量のロボットを導入して、大幅にピッカーの数を減らしたFCが続々と建設されていることは、完全な無人化は無理でも、大幅な省人化のための自動化技術が実用化されていることを意味している。
分業と自動化
このアマゾンのピッカーが象徴としているのが、アダム・スミスに始まるとされることが多い近代資本主義の生産様式の象徴ともいえる「分業」の概念。(参考「世界史の窓」*、「池上彰のやさしい経済学」)
そのアダム・スミス(国富論、1776年出版)の、およそ60年後、同じ大英帝国のチャールズ・バベッジが、さらなるスミスの分業論を進化させたと主張した新たな分業論を、その著
で発表。
この著書で、「機械部品」としての労働者の概念が明確となる。
バベッジは、工場の全自動化を目指していた。
バベッジは、彼の新分業論「バベッジの原理」を、彼が作ろうとしていた蒸気コンピュータと対比して説明している。
そして、この「労働者にとっての悪夢のシナリオ」は、バベッジの書を読んだ、ロンドンの亡命ドイツ人、
カール・マルクスの労働論に強い影響を与えたといわれている。
ここまで現代の話ばかりだったが、ここから歴史の話に入る。
まずは、情報技術史の有名な「エピソード」で、その昔、コンピューターは人間だったという話から始める:
これらは、「こんな大変なことが現代のコンピュータで簡単にできるようになりました、すごいですね!」とか、「現代のコンピューティングの技術は案外古い時代からのものを継承している」という「驚きのエピソード」として、情報史の教科書などで紹介されることが多い。
しかし、実は、その経緯をより古い時代に遡り、経済学史、社会学などの研究や理論を使うと、情報技術と現代社会の関係がまったく違って見えきて、これらのことが
Amazon FC に、そして、現在問題となっている「雇用の未来」の問題にも繋がっていることがわかる。
その「より古い時代」とは、大英帝国という「日が沈むことが無い帝国」が絶頂期にあった19世紀半ばのヴィクトリア朝のことであり(質問票への回答の資料の4のシティバンクの話と比較してみて下さい)、場所は、その大英帝国の首都ロンドンである。そして、主要登場人物は、英語圏ではスチーム・パンクのヒロインとして人気があるエイダ・ラブレス(Wikipedia)とともに、スチーム・パンクヒーローとして知られ、コミックにも登場するチャールズ・バベッジ。まず、日本では、無名に近い、このパベッジの話から。
参考(英語圏と日本語圏での認知度の違い)
チャールズ・バベッジ:スチーム・コンピュータと部品としての人間
後に学ぶウェーバー社会学やマクドナルド化理論では、近代の特長を形式合理性にみる。そして、形式合理的システム、あるいは、形式合理的な思考法とは、
- 人間、機械、事業所、社会などを一つのマシンのようにみなして、生産の拡大・効率化という目的の達成を価値として、マシンを改造しつつ操業・運営すること。
と言える。
形式合理的システムの非人間的側面を、ピッカーのような、通常、「労働者」と呼ばれている人たちの側から見たら、
のように見える。
また、それを、今は、もう流行らないマルクス主義の立場からみれば、
となる。
チャップリンが1950年代のアメリカの赤狩りの中で、アメリカ国外追放になったのは、この眼差しの類似性のためだった。
しかし、これを「労働者」を使う側、つまり、通常「経営者」とか「資本」と呼ばれている側から見たら、これから紹介する
- アダム・スミスの国富論。特にその分業論
- 19世紀英国の経済学者チャールス・バベッジの分業論
での議論のように見える。
アダム・スミスは有名。
しかし、チャールス・バベッジ Who?
19世紀イギリスの数学者
- 数学者としては、ジョン・ハーシェル、ジョージ・ピーコックとともに、ケンブリッジ解析学協会を組織的、イギリスにライプニッツ流の記号による解析学 d-ism を導入したことで知られる。ニュートン・ライプニッツの解析学ができたのが17世紀。イギリスではニュートンの伝統を重んじ、二世紀近くもライプニッツの d-ism は無視されていた。)
- ニュートンの内容を考えないといけない微積分記号法(流率計算)に比べて、内容がわかってなくてもカシャカシャと記号操作で計算できるライプニッツの微積分学 d-ism の方がよい(と考えたはず)。
- バベッジの数学者としの業績の歴史学的研究は、まだ少ない。
- イギリス社交界の花形(曲者?)
- コンピュータの父(祖父?)
- 暗号解読者
- 理論経済学・経営学の先駆者: On the Economy of Machinery and Manufactures
- 生前は、これで最も有名だったという歴史家もいる *
- 当時の言葉では経済学だが、今からみたら、経営学、生産工学という方が適当。
- ただし、現在の Economics 経済学、という用語は、バベッジの時代には、まだなかった。だから、本のタイトルが economy になっている。
- Economics という言葉は、この後に、ジェボンズという有名な経済学者により作られた言葉。
- バベッジが亡くなったとき、雑誌 Natureの1871年11月号 に追悼記事が出たが、これを書いたのがジェボンズだった。
- In early November 1871 an unsigned obituary of Charles Babbage was published
by the science journal Nature. It was a heart-felt piece of writing, the
tone set by an opening observation that “to the majority of people he was little known except as an irritable and
eccentric person, possessed by the strange idea of a calculating machine,
which he failed to carry to completion.” Any “deficiencies in his character,” however, “arose … from excess of
resolution … He sowed ideas, the fruit of which have been reaped by men
less able but of more thrifty habits.” It was thus the tragedy of Babbage
that only “those who have carefully studied a number of his writings can
adequately conceive the nobility of his nature and the depth of his genius.”
The work that placed Babbage “among the few greatest men who can create new methods or reform whole branches of knowledge” included early mathematical papers and the `calculating machine’ project, consisting of the Difference and Analytical engines. The latter was particularly remarkable in that it was projected “to be
little less than the mind of a mathematician embodied in metallic wheels
and laws .It was to be capable of any analytical operation, for instance solving
equations and tabulating the most complicated formulae.”No less important was Babbage’s work in political economy. The Economy
of Manufactures (1831) was “incomparably excellent” and “impossible to overpraise.” Noting Babbage’s
role in the formation of the London Statistical Society, it was also argued
that his analysis of the Clearing House (1856) “was probably the earliest
paper in which complicated statistical fluctuations were carefully analysed.”
If Babbage had “devoted his lofty powers to economic studies, the science
of Political Economy would have stood by this time in something very different
from its present pseudo-scientific form.”[1]
- 簡単な要約:多くの人には、バベッジは結局未完成に終わった計算機械を構想した奇人としてしか知られていないだろうが、実は、その計算機械である、階差機関、解析機関は、人間が行うと思われている計算という仕事を機械に行わせることができるということを解明したという事において、実に偉大な構想であった。そして、この業績に、勝るとも劣らない偉大な業績が、著書The Economy of Manufactures (1831)で行われた彼の経済学研究である。
- バベッジがコンピュータの父ならば、ジェボンズは人工知能の父といえる。
- その他もろもろの業績:神学、郵便システム、牛よけ、科学政策、....
- あまりに色々やっていて、歴史家も、まだまだ全体像を掴みきれていない滅茶苦茶面白い人。
しかし、現在一番有名なのは「コンピュータの祖」としてのバベッジ。
「現代経済学の先駆者としてのバベッジ」と「コンピュータの祖としてのバベッジ」は深く関連していた。
- 彼はすくなくとも知的労働の分業の最終的形態は彼のスチーム・コンピュータでなされると思っていた。
- 後で示すように、このバベッジという人の思想の中に、Amazon FCで見た「人間もコンピュータの部品」という思想と同じものが見て取れる。
バベッジの先駆者アダム・スミス
しかし、実はルーツはさらに古い。
バベッジの思想は、資本主義思想から生まれたものであり、そのルーツはアダム・スミスの「国富論」であることが、歴史資料の検討から分かる。
これを以下では歴史の順番、つまり、アダム・スミスから時間の順番で説明する。
後代になると分業論の議論が段々複雑になるので、一番簡単なスミスの分業論から始めるのがわかりやすいために時間順で説明する。
分業論とその祖 アダム・スミス
経済学で「分業論」と呼ばれているものがある。その祖はアダム・スミス。
彼の分業論でアダム・スミス(そしてバベッジ)は、次の様なことを主張した。
熟練工が行なう仕事を分析して分解すると、その一つ一つは案外単純である。
その様に分解された仕事は、同じ仕事の繰り返し(単純労働)になり、熟練した職人が行なう必要はない。
だから素人でも仕事ができる。
だから技能のない人に仕事を提供できる。
また非熟練工は労賃が安い(取替えが効き、たくさんいるから)。
だから、雇用者側はより少ない出費で生産ができる(効率化)。
一人の労働者の仕事の種類は多数でなく一つに限定する方が労賃の観点からは経済的。
仕事が効率化するので余剰の時間ができて、高度の頭脳労働(研究・開発)を行なえる。
以下、これを詳しく説明する。
分業論の始まり:アダム・スミス「富国論」の分業論
アダム・スミス国富論 1776年刊
有名なピン製造所の分業論の要旨(ピンとはheadpinのことらしい。あるいは、こんなの?)
- 経験がないものが作ろうとすると1日1本作れるかどうかもあやしい。
- しかし、ピン製造現場では次のように分業により製造がなされている:
- 第1の職人は針金を引き延ばす。Wire drawing: 針金を決められた太さにすること。作業中の図 「定規」の役割をするプレート。これの穴に太い針金を通して細くする。
- 第2の職人はこれをまっすぐにし。
- 第3の職人はそれを適当な長さに切り分ける。
- 第4の職人は先を尖らし。
- 第5の職人は頭をつけるためにトップを磨く。(これがよく判らない。原文は grinds it at the top for receiving the head.)
- その取り付ける頭を作るには2,3の別の工程が必要。
- このほかピンを磨いたり包装したりという工程まで考慮にいれると約18工程が必要。
- 10名の労働者がいる工場の実例では、1日におよそ48000本のピンが作られていた。
- つまり、1名が1日で4800本のピンを作っていることになる。
- これらの労働者はピン作りの教育も受けていないものたちなので、それぞれが一人でピンを作るとしたら、1日に20本どころか1本も作れないかもしれない。
- つまり、アダム・スミスは分業で効率が240倍から4800倍は上がるはずだと主張している。
国富論・分業論における労働者(職人)への視線
- 分業=難しい仕事を、より簡単な仕事に分解すること→技能がない者、訓練されていないものにも職を与えることができる。
- つまり、ある人に職を与えようとしても、もし高い技能を必要とする職ならば、その技能を持たない人に与えることができない。
- もし、職を分解して、単純な部分を「切り出せ」れば、低い技能しかもたない人にも、職を与えることができる。
- 教育が行き届いてなかった、当時としては、実に現実的で有用なアイデア。
- 余剰時間を、訓練、学び、改善に使える。
そしてバベッジの分業論
以上のような、18世紀(1776年)スコットランドのアダム・スミスの分業論に対して、19世紀(1833年)のイングランドのバベッジは分業論をさらに展開した。そして、それはスミスのものと異なり、労働者の人間性を殆ど顧みないものだった。
熟練工が行なう仕事を分析して分解すると、その一つ一つは案外単純である。
その様に分解された仕事は、同じ仕事の繰り返し(単純労働)になり、熟練した職人が行なう必要はない。
だから素人でも仕事ができる。
だから技能のない人に仕事を提供できる。
また非熟練工は労賃が安い(取替えが効き、たくさんいるから)。
だから、雇用者側はより少ない出費で生産ができる(効率化)。
一人の労働者の仕事の種類は多数でなく一つに限定する方が労賃の観点からは経済的。
仕事が効率化するので余剰の時間ができて、高度の頭脳労働(研究・開発)を行なえる。
以下、これを詳しく説明する。
ここから今回の資料
バベッジの分業論
18世紀(1776年)スコットランドのアダム・スミスの分業論に対して、19世紀(1833年)のイングランドのバベッジは分業論をさらに展開した。
バベッジは次のように考えた。
- 多種類の労働を独りの人が行うような労働形式では、分業に比べて労賃がムダに払われる場合がある。
- ひとつの仕事は一人の人に専門的にやらせるようにすると労賃が総額で減る。
- 例えばピンを尖らせる工程は週2ポンドの給与で十分な職人でもできる。
- しかし、ピンを鍛錬し焼入れする工程は週5、6ポンドの給与の職人でないと行うのは難しい。
- もし、独りの職人に両方の仕事をさせるとすると、その職人は後者の仕事をできないといけないから、6ポンドの週給を必要とする。
- しかし,その職人に週2ポンドの仕事もさせることになるので、その仕事の部分では4ポンド余分に払っていることになる。
- これはムダである。その労働の部分は「分割」して週休2ポンドのものにさせればよい。
この「あたり前の考え方」を経済学・経営学ではバベッジの原理という。まとめると…
- より高いスキルを必要とする労働者の労働時間は、労働の分割などにより、より少なくなるようにすれば、製造業者は、より高い利益をあげることができる。
このアイデアの背景には、次のような思想が見て取れる:
- 高い能力を必要として、その故に高い給与を必要とする労働者が、低い能力で十分な仕事をしているのは「能力の倉庫の隙間だ。無駄だ」。
- 無駄(な隙間)は見つけたら、隈なく潰せ。
- 人気のコミック本が、この数日で100冊売れてコミックの棚に大きな隙間ができた。
- 京都学派の哲学者西田幾多郎の文庫本20冊が入荷されたが哲学の棚が一杯。
- コミックの棚に十分なスペースはあるが尊敬する西田先生の本なのでそんなところにはおけない…
- などと考えるのではなく、使われない隙間は無駄だ、とにかく潰すことを考えて、哲学書をコミックの棚に置く。
- ………
- という風に考えるのならば、もともと、コミックの棚、哲学書の棚、などという考え自体がバカらしい。
- 書棚とは書籍という名前の「もの」を置く隙間・スペースの集まりに過ぎない。
- 知識の分類、内容の高尚さなどは無視して、置くことの効率のみを追求すればよい!
つまり、バベッジの原理は、先に説明した、「Amazon.com FC の棚の思想」と同じ種類のものだとわかる。
19世紀のバベッジの資本主義思想とAmazon FCの棚の思想は同じような印象を与える。
実は、この「あらゆるムダをなくせ」というモットーは、20世紀に後半、日本の製造業が世界のお手本だったころの、日本企業のモットー「ムリ・ムラ・ムダの撲滅」からとったもの。その代表格が、トヨタのアイデアであるトヨタ生産方式(TPS)だった。このモットーは製造業の世界では、世界標準といえる。
バベッジの原理は格差の原理
以上説明してきた、バベッジの原理は、格差の問題と深くかかわっている。
バベッジの原理は格差の存在を前提としている原理。つまり、格差を積極的に肯定すべき原理。
それを理解するために思考実験を行ってみよう。
日本の「庶民感情」にあわせて、人間の能力と賃金がすべて平等で同じだったら、と考えてみる。
そのとき、先ほどのバベッジの議論
- 例えばピンを尖らせる工程は週2ポンドの給与で十分な職人でもできる。
- しかし、ピンを鍛錬し焼入れする工程は週5、6ポンドの給与の職人でないと行うのは難しい。
- もし、独りの職人に両方の仕事をさせるとすると、その職人は後者の仕事をできないといけないから、6ポンドの週給を必要とする。
- しかし,その職人に週2ポンドの仕事もさせることになるので、その仕事の部分では4ポンド余分に払っていることになる。
- これはムダである。その労働の部分は「分割」して週休2ポンドのものにさせればよい。
が、こうなる、
- 例えばピンを尖らせる工程は週2ポンドの給与。
- しかし、ピンを鍛錬し焼入れする職人も週2ポンドの給与。
- もし、独りの職人に両方の仕事をさせるとすると、その職人は後者の仕事をできないといけないが、週給はどうせ2ポンド。
- 労働の種類に関わらず、労働能力にかかわらず、人にかかわらず、兎に角、週給は2ポンド。
- 雇い方を変えて儲けを出そうとしてもムダである。労働を分割して賃金の効率化を図ろうとしても無駄である。みんな完全平等なのだから。
つまり、格差がなければ、バベッジの原理は使えない。バベッジの原理を役立てるためには、格差の存在が必要。
「バベッジの原理」は「格差の原理」
バベッジの思考には、次のような前提が使われている:
- 格差はある。
- 安い賃金で働かせることができる能力の低い人間がたくさんいる。
- スキルのある職人から分割した労働をさせることができる低賃金労働者が十分いなければ分割ができない。
- 目指すべきは「生産における人件費の削減」である。
これに反し、国富論でアダム・スミスが言ったことは、
- 10人の労働者の場合、同じ人たちが働く2つの方法(分業ありと分業なし)で効率が数百から数千倍違う。
- 労賃の問題と関係なく分業で効率が上がるところだけを見ている。
- つまり、スミスの場合は、最初から、同じ10名を雇うという前提になっていて、だから、労賃も同じで、生産性の向上についてだけ語っている。
一方 、バベッジの原理は、同じだけの生産を行う際に、どのように雇い、どのように労賃を払うと効率的かという原理になっている。
バベッジの原理は、人間の格差の存在を前提とし、それを利用して「労賃あたりの生産性」を向上させるための原理といえる。
バベッジの原理は、水力発電が水位差のエネルギーを使って電力を生み出すように、格差という人間の水位差により利益を生み出す。
- 注意:グローバル化の時代である現代では、この人間の水位差の利用が国家間、地域間の格差により行われている。
この様な、格差を当然視する、現代的資本主義の元凶は、資本論のアダム・スミスだ、という議論が、「ハゲタカ」というNHKのドラマが放映され、「ハゲタカ・ファンド」、「ハゲタカ資本主義」などという言葉流行っていた2010年前後に多かった。
しかし、実は、それは間違い。もし、元凶というのならば、それはバベッジである。
これを理解するために、アダム・スミスの真の姿について見てみる。
実は、アダム・スミスは、「国富論」の他に、「道徳感情論」という著書を著し、むしろそちらの方が自身の主著だと思っていたともいわれる、グラスゴー大学道徳哲学教授アダム・スミスには、バベッジ的な形式合理性に徹する態度は見られない。
これを当時の日本社会に指摘したのが、阪大の堂目卓生教授。
参考: アダム・スミス―『道徳感情論』と『国富論』の世界 (中公新書) [新書] 堂目 卓生 (著)
スミスとバベッジの相違点の検討
「国富論」における分業論の主張
- 分業は生産力の増強に三つの長所を持つ。
- 職人個々の技能増進
- 仕事から別の仕事に切り替えるための時間の節約
- 労働を促進し労働時間を短縮し、さらには生産性を高める機械の発明に寄与する
- 労働時間の短縮は余剰時間であり、それにより発明が導かれる。
- 専門化も社会レベルでの分業である
- 分業は国民の全ての層を豊かにする
- スキルがないものにも職が生まれる
- 生産物が増え、貧困層にも物品が行き渡る
バベッジ"On the Economy of Machinery and Manufactures"における分業論の主張
バベッジは、これ以外にも分業について考察しているが、この原理がバベッジの分業論の内、後世に影響を与えた最も重要なポイントだといわれている。
そして、その影響のひとつは、カール・マルクスの「資本論」への影響だった…
という、話をする前に、バベッジとスミスの歴史的な関連を、史料を使って確認しておく。これは、バベッジがスミスから影響を受けているということを歴史資料を使って確認すること。
- 後でバベッジからマルクスへの影響を見るので、最終的には、スミス⇒バベッジ⇒マルクスという影響関係があることを見ることになる。
- 最近では、さらに興味深い人脈が指摘されているが、それはマルクスの話が出てきたところで。
バベッジとアダム・スミスを繋ぐもの
- "On the Economy of Machinery and Manufactures"で、バベッジは、スミスの分業論を前提に議論しており、
- バベッジの原理も、スミスが見落としていて自分が考えたものとしている。
- しかし、スミスとバベッジは、直接つながっているわけではなく、その間に、フランス人数学 de Prony がいた。
- この三者の関係は、バベッジが、ちゃんと書き残したものがないので、厳密な歴史学の立場からすると実証ができないところがある。
- しかし、現在わかっている史料からすると、次のようなことだったと推測できる。
- 1810年代の終わり、バベッジは、多項式を機械で計算する方法である階差原理を考え付き(再発明)、1820年代最初に実験機を作り、さらに本格的機械を作るプロジェクトを開始。
- その背景には、バベッジの蒸気コンピュータ計画と数表作成から人間を一切排除する、という思想があった。
- 数表とは。
- その後、渡仏して、de Prony の仕事を知る。
- そして、それにより、スミスの分業論と自分の計算機の関係に気が付き、さらにバベッジの原理を発想。
- On the Economy of Machinery and Manufacturesを執筆出版。その中で、自分の計算機械と分業論を関係づけて議論。
上の1~4の説明の内、3が推測。他は史料で実証できる。
以下、この歴史過程を、バベッジの書籍の分析を中心にして説明していく。
On the Economy of Machinery and Manufactures, 1832 (機械と製造業の経済について 1832年刊)
- Google Books で無料で読めるのは1846年の4版。
- バベッジのこの本についてのおそらく唯一の日本語の本での詳しい言及:「コンピューター200年史―情報マシーン開発物語, マーチン キャンベル‐ケリー , ウィリアム アスプレイ」
- 現代的には生産工学(テイラリズム、トヨタ生産方式)、経営学のような感じ。目次。
- Chap I :バベッジの時代、イギリスを特別な国家としていた産業革命についての章。
- ChapXIX:On the division of labour 分業の章(Chap XIX とは、chapter 19 のこと)。ここでバベッジの原理が説明されている。
- Chap
XX: On the division of mental labour 知的労働の分業についての章(Chap XX とは、chapter 20
のこと)。前章の分業論(ピン作り)の話は、実は、数学の計算を行うというような、機械的な知的労働にも適用可能で、さらには、それが機械で代替できるという話。
- このChapXXが、以下で、詳しく検討する部分で、この講義のポイントである「現代資本主義とITの歴史的関連」の根拠。
Chap XX. 「知的労働の分業について」の内容目次
- フランスの大対数表 (§241-246)
- 機械による算術計算の実行 (§247)
- 数学的原理の説明: 階差による2乗の表 (§248)
- .三つの時計による説明 (§249)
- .鉱山における労働力の配分 (§252)
バベッジの本の歴史資料としてのポイントは二つ
- 格差の原理であるバベッジの原理は、コンピュータの構想とともに生まれた。
- バベッジのコンピュータの構想やバベッジの原理は、あるフランスの数学プロジェクトを介して、アダム・スミスの国富論に繋がっていた。
この二つが分かる歴史資料が、Chap XX。
そこで、Chap XX の内容目次に沿って、この章を詳細に見ていく。分かり易くするために、目次の項目に、次の様にアルファベットをふる:
- (A) フランスの大対数表 (§241-246)
- (B) 機械による算術計算の実行 (§247)
- (C) 数学的原理の説明: 階差による2乗の表 (§248)
- (D) 三つの時計による説明 (§249)
- (E) 鉱山における労働力の配分 (§252)
まず、(A) から説明を始める。
(A) フランスの大対数表 (§241-246)
この部分が、アダム・スミスとバベッジが人間コンピュータによって歴史的につながっていることを示す史料。
バベッジは、次のように、この章(Chap. XX) を始めている:
We have already mentioned what may, perhaps, appear paradoxical to some
of our readers, ---that the division of labour can be applied with equal
success to mental as to mechanical operations, and that it ensures in both
the same economy of time.
和訳: 一部の読者にはパラドキシカルに聞こえるかもしれないが、すでに述べた通り、分業による時間の節約は、既に説明した機械的な作業だけでなく知的な作業にも等しく適用できることなのである。
バベッジは、「時間の節約」と言っているが、これは、この前章、つまり、Chap XIX で説明された、ピン工場でのバベッジの原理に基づく分業によってもたらされる「労賃支払の節約」のことである。
この様な文で開始される、Chap. XX 第20章の冒頭部分§241-246は、凡そ、次の様な内容である:
- 知的労働の分業が機械的操作(労働)の場合と同様に可能であり,それはどちらも時間の節約,時間の経済,に結びつく. (241)
- 歴史上最大規模に行われたフランスのド・プロニーの計算プロジェクトが,この考え方の現実性を説明している (242)
- その考え方の元はアダム・スミスの国富論にあることをド・プロニー自身が語っている。(243)
- ド・プロニーが考えた組織構造は三層構造による「知の分業」だった(244)
- 上級層 First section: 数学者。数式を考える。
- 中級層 Second section: 数学者が考えた式を具体的計算に書き換える(コンパイル)。7,8名の人からなる。また、計算の検証(検算)もする。
- 下級層 Third section:実際に計算をする人たち(60-80名)。【これが足し算、引き算しかできないヘアドレッサーの棟梁の下働きだったらしい】
- 最下層の労働の量は大きいが、労働の価格は安くてすむ。
- 最上層の仕事は大変だが(extertions)、一度やれば済む。
- しかし、計算機(a calculating-engine) が作られて最下層を置き換える時には、数学的見直しが必要かもしれない。(245)
- The exertions of the first class are not likely to require, upon another occasion, so much skill and labour as they did uponthe first attempt to introduce such a method; but when the completion of a calculating-engine shall have produced a substitute for the whole of the third section of computers, the attention of analysts will naturally be directed to simplifying its application, by a new discussion of themethods of converting analytical formulas into numbers.
5は、バベッジの原理と同じ発想である。そして、それは計算という作業を分割(分業)することにより達成されていた。
この(A)の部分により、フランスの大対数表プロジェクトを解説することにより、バベッジは、第19章で議論したピン工場でのバベッジの原理、つまりは、筋肉労働のバベッジの原理による分業と同様のことが知的労働(この場合では、数学の計算)においても可能であることを示そうとしていることが分かる。
そして、1832年刊行の、この著書が書かれるより、ずっと以前の、1810年代に、計算機械のプロトタイプが作られていたことからして、この知的労働の分業の方が、筋肉労働の分業より、先に構想されていたと思われる。
3は、アダム・スミスの分業が知的労働に応用可能であることを、ド・プロニーを通して知ったことを示唆している。ただし、絶対にそうだとは言い切れないことに注意。
7は、バベッジが既に低賃金の機械的仕事をする労働者を、本当に機械で置き換えることを考えていたことを明瞭に示している。こちらは確定。
以上は、格差を許容する、というより、期待する、ような現代資本主義思想とコンピュータが手を携えるようにして登場したことを示している。
(B-C) 機械による算術計算の実行、数学的原理の説明: 階差による2乗の表 (§247-248)
この部分で、現在では、当たり前の、機械による「数学の計算」のような知的な活動の自動化という、当時としては容易に理解できなかった可能性について、バベッジは実例を使って、分かり易く説明している。
それは、彼が、当時、遂行していた「蒸気コンピュータによる、全自動的な計算で、対数表を作る」というプロジェクトであった。
そして、これらの事を説明するために、バベッジは次の様に議論した。
- (B) 機械による計算という,当時としては当たり前とは言えない考え方を読者に説明する。(247)
- 原文: As the possibility of performing calculations by machinery may appear to non-mathematical readers to be rather too large a postulate,
and it is connected with the subject of the division labour, I shall here endeavour, in a few lines, to give some slight perception
of the manner in which can be done, -and thus to remove a small portion
the veil which covers that apparent mystery.
- 翻訳:機械で算術的計算ができるということは、数学に詳しくない読者には、とても理解し難いことに思えるかもしれない。また、それは、分業論という(この章の)テーマにも関連している。そこで、ここで手短に、どの様にして、それが成されるか、その方法の雰囲気を感じ取ってもらえる様な説明をして、この見かけ上に過ぎない謎のベールをはがしたいと思う。
- (C) バベッジが説明した、その原理は、数学的に言うと「階差計算」というもので、バベッジは、その階差計算を説明するために、その一例である、 「x
の2乗」の数表の作成方法を説明している。それが次のパラグラフ(248)。
- これは全く数学的な話である。
(D) 三つの時計による説明 (§249): 階差機関と解析機関
(B-C)での数学的な話を受けて、次に、この数学的計算が、機械により実行可能であることが示される。そして、彼の階差機関への言及が行われる。
- その数学的操作を、機械で実行できることを説明するために、バベッジは、三つの「時計」A,B,Cを使って説明する。
- そして、これにより特殊な場合だが、(248)の階差計算が「時計」の紐(string)を繰り返し引くという操作で、行えることをバベッジは説明している。
- その様な「紐を繰り返し引く」という操作を、機械だけで行えることは、その当時の人たちにも明らかだった。
- そして、the first model of the calculating-engine (蒸気計算機の最初のモデル)が、こういう知の分業の最底辺を行う労働者を代替できるものとして作られつつあるという意味のことを、バベッジは言っていると考えることができる。(249-250)
- ここは、直接的に、その様に言ってない。バベッジの文章を紙背まで読み取ると、そう解釈できる。
- and was, in fact, the point to which the first model of the calculating-engine,
now in progress, extended.
- というフレーズは、「3桁の数の計算が三つの「時計」で行える計算の自動化の仕組みは、現在開発が進行中の(now in progress)の計算機械(計算エンジン)
calculating-engine の原理にまで拡張できる」という意味。
- そして、その計算機械とは、彼が開発しつつあった階差機関のことだった。
バベッジは、この節で、むしろ、それが彼の最大のプロジェクトであったはずの、機械による人間の知的労働の代替について議論しているのである。
しかし、ここで、今見ている史料だけでは、その全体像が理解できない。そこで、以下で、バベッジの蒸気コンピュータ計画について説明する。
- バベッジは蒸気エンジンで動作する,歯車とクランクのコンピュータを2種類構想した:
- 階差機関 difference engine YouTubeの動画による説明を見る。
- 解析機関 analytic engine
- 解析機関は、階差機関に、現在のコンピュータで可能な、プログラム可能な「条件分岐と繰り返し」の機能が追加されたもの。
- 階差機関でも、繰り返しや条件分岐にあたることが行われていたが、それはハードウェアに作り付けのものに限られていた。
- 解析機関にバベッジが言及したのは、1837年が最初と言われている。従って、上で見た1832年出版の On the Economy of Machinery
and Manufactures で言及されている the calculating-engine とは、その当時、すでに、そのプロジェクトが世間にも知られていた階差機関のことだと分かる。
- バベッジは、英国政府から多額の資金を得て、階差機関を、そして、後には解析機関を構築しようとしたが、結局失敗した。その額は、一説によると軍艦を作れるほどだったという。
- そして、このことが広く知られていたことが、既に説明したジェボンズのバベッジ追悼文の "to the majority of people
he was little known except as an irritable and eccentric person, possessed
by the strange idea of a calculating machine, which he failed to carry
to completion"という部分から分かる。
階差機関:The difference Engine
- ここで、階差機関の仕組みを説明する。
- ポイントは、階差機関の原理 階差計算。
- これを、バベッジ の著書で使われた、F(x)=x2の例で説明する。
- 階差とは並んだ数の右の数から左の数を引くこと。(引き算だけ!)
- x 1 2 3 4 5 6... から
- F(x) 1 4 9 16 25 36... を作る
- 階差 3 5 7 9 11...
- 階差 2 2 2 2...
- これを下から,上に作れば,足し算だけで F(x)=x2を計算できる.足し算だけ。誰にでもできます!
階差計算の能力 advancedな話題
- 数学の理論により,殆どの(連続)関数は,多項式 F(X) で近似できることが知られている.
- マクローリン展開、テイラー展開など。さらには、こちらの定理。
- 易しい解説:高校生の向けのマクローリン展開の話。
- 1回の階差計算は,1回微分することにあたる.したがって,
- n次の多項式は,n回階差計算すれば,定数になる.
- 実際に、F(x)=x2 を2回階差計算したら,定数 2, 2, 2, … になった.
- よって,近似の誤差を処理すれば,ほとんどすべての関数の計算,したがって,実質,どんな関数でも,その計算が可能.
- 計算するために必要なのは,数列を記憶しておくこと.そして,数列の項に対して足し算を行うこと.
- バベッジ は,これを機械にやらせようとした.
注. 階差計算を機械に実行させるというアイデアは,バベッジ 以前にもあった
階差機関はなぜ生まれたか
- 上で見た解析機関のYouTubeの動画の説明で、数表と、それを印刷する為の「鉛版」 (stereotype plate)を作る為の石膏の母型(flong)が見えた。
- 該当箇所:http://www.youtube.com/watch?v=0anIyVGeWOI#t=58s URLをブラウザに直接入力してください。
- 石膏母型の箇所:http://www.youtube.com/watch?v=0anIyVGeWOI#t=58s
- 数表の箇所:http://www.youtube.com/watch?v=0anIyVGeWOI#t=1m15s
- この印刷の仕組について、YouTube の動画の解説の人は次の様に言っている:
- The purpose of all that was to eliminate the risk of human error.
- 該当箇所:http://www.youtube.com/watch?v=0anIyVGeWOI#t=1m11s
- 人間が入るとエラーが起きる!人間(性)は邪魔だ!
- Amazon FC の1フットルールや、Quiet Logistics の人間禁止エリアと同じ思想。
なぜそうまでして数表のエラーを避けねばならなかったか?
- 答えは英国の国力ため。軍事と航海において計算が重要だった。
- それは今も重要。現代軍事力の中心にはコンピュータがある。
- 現代の軍事超大国であるアメリカの兵器の多くがコンピュータにより運用され、戦闘における多くの計算や決定、兵器のコントロールがコンピュータにより行われている。
- 例えば、この Goalkeeper 動画
- Goalkeeper がミサイルを撃ち落とすには、銃身をどれだけの角度に傾ければミサイルにあたるかを計算する、いわゆる弾道計算が重要。
- ミサイルは高速で動く、船も動いている。海上は強風が吹いている。そういうことをすべて計算に入れてミサイルを撃ち落とす。
- 間違えればミサイルは自分の艦にあたる。
- バベッジの時代には弾道計算は主に大砲の場合で、Goalkeeper のような動く標的の弾道計算はできなかった。
- それでも重力や風で弾道が曲がるので、たとえ標的がとまっていても弾道計算は大変だった。
- また、航海において、星の位置などから船の位置を計算するために計算は大変重要だった。
- その他、産業、軍事、運輸の様々な場面で、英国をはじめとする西欧列強にとって、数学の計算は「国家の力」だった。
- コンピュータがない、19世紀の弾道計算は、数表を用いて行われていた。
- これは第二次世界大戦でも同じで、現代のコンピュータの先祖ENIACは米陸軍の弾道計算のために生まれた。
- つまり、数表に誤りがあれば、戦闘に支障がでるかもしれない。航海における位置の確認にも支障がでる。商取引の計算にも…
- 計算力は国力!!
- ところが、その数表に実際には多くの間違いがあった。
- 人は誤るものだ、だったら機械に全部やらせよう! → 階差機関、解析機関
解析機関: The Analytic Engine
- バベッジ は,英国政府から多大の研究費を得て,階差機関を作ろうとしたが,当時の機械技術では,難しかった.
- そのため,ヨーロッパ各地の工場を使える技術を求めて視察し,その結果が On the Economy of Machinery and Manufactures の執筆となったとも言う.
- しかし,バベッジ の計画は,遅々として進まず,英国政府からも信用されなくなり,資金も続かなくなる.
- さらにまずいことにバベッジ は,階差機関を完成させずに,解析機関という,さらに進んだ機械の設計に没頭するようになる.
- この機械は,一戸建ての家くらいの大きさで,6台の蒸気機関で動かす設計になっていた.
解析機関の能力は現代のコンピュータと同等 advanced
- 階差計算の出力を,再び,階差計算の入力にできるように,出力を入力に結びつけていた. これは現代的用語で「ループ」という.
- 足し算,数列の記録,ループ,条件分岐(つまり、条件を判定して、次の仕事を2つの候補の中から選ぶこと)の四つがあると,現代のコンピュータと,同じ計算ができることが知られている.
- 解析機関は、この4条件を備えており,さらには計算手従,つまり,「プログラム」を,ジャガード織機のために使われていたパンチカードで指定することができた.つまり、原理上はであるが,現代のコンピュータと「同じ能力」を持っていた。
- このパンチカードによるプログラミングの部分は、最初のデジタルコンピュータの一つとも言われるENIACより進んでいるとさえ言える。ENIACにおけるプログラミングはケーブルによる配線で行っていた。
- もし,バベッジが成功していたら,世界はどんな風だったろうか、と空想したいのは人情!それを夢想したスチームパンク小説がある。(参考:スチームパンクとは)
分業と計算機 (250)
- これにより、分業 (division of labour)の効果が機械的(mechanical)な作業(operation)でも、知的(mental)な作業でも見られ、それにより「非熟練労働者の雇用を避けることができる」という(250)
- we avoid employing any part of the time of a man who can get eight or ten shillings a day by his skill in tempering needles, in turning a wheel, which can be done for six pence a day;
- つまらない計算のために数学者を雇わなくても済むということも言っている: and we equally avoid the loss arising from the employment of an accomplished mathematician in performing the lowest processes of arithmetic.
- これらから、少なくとも、数表計算という労働の場合、最終的には、最底辺の、ちゃんとした数学者 accomplished mathematician
に、つまらない労働(計算)をさせるのは、、馬鹿らしく、そんなものは機械にやらせればよいのだ、というバベッジの意図を読み取ることができる。
- また、バベッジが、そのことを、バベッジの原理による分業で、非熟練労働者を安い賃金で雇うことにより、工賃の支払を全体として少なくすることと、計算の自動化を関連付けて理解していたことがわかる。
分業と資本 (251)
- 分業の効果は大量生産のデマンドを前提とする。そして、それは、大資本を必要とする。この前提がない限り、分業は成功しない:
- The division of labour cannot be successfully practiced unless there exists a great demand for its produce; and it requires a large capital to be employed in those arts in which it is used.
- この分業の方法は、時計の生産では成功するだろう.、と予測している。
- この一言で、まだ、大量生産が生まれていない時代の思索であることがわかる。
- つまり、バベッジは未来を正確に予測した。
- そして、現実の歴史は、彼の想像をはるかに凌駕するものだった。
(E) 鉱山における労働力の配分 (§252)
この部分は、バベッジの執筆の意図が、まだ、分かっていない。そのため、ここでは、これについてのコメントは差し控える。
バベッジの裏返しとしてのマルクス資本論における「分業論」
正確に言えば阻害論であって分業論ではないので「分業論」の様に括弧を付けた。
以上の分析で、最近、多く見られる「AIが知的仕事を奪う」という議論が、すでに1810-30年代のイギリスでバベッジの原理という、資本の論理と手を携えながら、登場していたことがわかる。つまり、労働者を機械部品とみなす現代資本主義と知的機械、ITやAIは、二卵性双生児だった。
そして、バベッジの On the Economy of Machinery and Manufactures の四半世紀後、バベッジが住んだ同じロンドンの大英図書館で、バベッジの分業論などを手がかりにしつつ、この「機械的仕事をする部品の様に使われる労働者」の問題を、バベッジと反対の側、つまり、労働者側から見て、後に20世紀の歴史を揺るがすことになる、一巻の経済学書を綴っていたひとりの亡命ドイツ人(プロイセンのユダヤ人)がいた。
それがカール・マルクス。そして、彼が書いていた経済学書こそが「資本論」。
実は、資本論の数か所でバベッジの On the Economy of Machinery and Manufactures が引用されているおり、それらを元にスタンフォード大学の経済史家
N. Rosenberg はバベッジの分業論がマルクスに影響を与えたと指摘した。以下、その話の解説。
- バベッジは資本の側に立っていた。
- 同じものを労働者(職人)の側に立って考えたのがカール・マルクス
- マルクスの資本論は、多くの重要なポイントでバベッジの"On the Economy of Machinery and Manufactures"に直接・間接の影響を受けていることを、スタンフォード大の経済史家 N. Rosenberg は指摘している。
- N.Rosenbert; Babbage:pionner economist の section IX
- Rosenberg の主張から:
- 会社は必然的に大きくなるものだと理論づけたのはマルクスと言われているが、実際には John Stuard Mill が早い。その Mill は、これをバベッジの著書に負っていると書いている。
- マルクスは、機械の定義を書くとき、バベッジを引用し、それを権威づけている。
- …など。全部見たい人は上のページで "Marx" を検索してください。
- Rosenberg はバベッジの裏返しとしてマルクスの議論があることを指摘している。
- 例えばスミス,バベッジにおける「繰り返しによる熟練」は,
「繰り返しによる疎外」と理解される.
- 単純繰り返し労働についてスミス、バベッジ、マルクスが書いたこと:
- スミス:
- 同じことを繰り返せば職人はすぐに習熟することができる。(長い徒弟時代の辛さを軽減できる。)
- バベッジ:
- スミスは繰り返しにより技術の熟練が見られるとしたが,実際には,有る程度の期間を過ぎると技術の熟練カーブが一定の値に漸近してしまい,改善がみられなくなる.これは,実際の工場での実例から経験的に知られる.
- たとえ,知的な仕事であっても階差計算のような繰り返し労働は機械で置き換えることができる.機械的な仕事は機械にさせればよい.
- マルクス:
- 同じことの繰り返し仕事だと,人間は機械のようになってしまい,その労働は人間性を無視したもの(INHUMAN)となる.
- それは人間疎外だ。
- 疎外 Entfremdungは神学などにも関係する哲学用語だが,マルクスは「人間が機械のようになる」「物のようになる」というような意味に使った。
- この様に「裏返しの立場」に立つマルクスにとっては「スキルが高く労賃も高い労働者の数は減らすべきだ」というバベッジの原理は,「スキルが低く労賃も安い労働者を大量に雇え.つまり,多くの労働者は低賃金で疎外された状況で働かせよ」と解釈される。
- Rosenberg は、マルクス主義弁証法をもじって、「マルクスの分業の分析は弁証法的意味で「反」であることを除けば、バベッジのそれと同じだと言いたくなる」とさえ書いている。それ位、似ている(ただし、表と裏の関係で)ということ:
- It is tempting to conclude that Marx's analysis of the division of labor and its consequences is the same as that of Babbage, only considered dialectically!
- 弁証法と唯物弁証法と正反合
以下次回以後に続く…