情報歴史社会学入門メモ 2015.06.17

前回までの資料より(以前の資料に、かなり手が入っている。とくにこの辺り。)

分業論の始まり:アダム・スミス「富国論」の分業論

アダム・スミス国富論 1776年刊

有名なピン製造所の分業論の要旨(ピンとはheadpinのことらしい。あるいは、こんなの?)

国富論・分業論における労働者(職人)への視線

そしてバベッジの分業論

以上のような、18世紀(1776年)スコットランドのアダム・スミスの分業論に対して、19世紀(1833年)のイングランドのバベッジは分業論をさらに展開した。そして、それはスミスのものと異なり、労働者の人間性を殆ど顧みないものだった

ここから今回追加した資料

バベッジの分業論

18世紀(1776年)スコットランドのアダム・スミスの分業論に対して、19世紀(1833年)のイングランドのバベッジは分業論をさらに展開した。

バベッジは次のように考えた。

この「あたり前の考え方」を経済学・経営学ではバベッジの原理という。まとめると…

このアイデアの背景には、次のような思想が見て取れる:

  1. 高い能力を必要として、その故に高い給与を必要とする労働者が、低い能力で十分な仕事をしているのは「能力の倉庫の隙間だ。無駄だ」。
  2. 無駄(な隙間)は見つけたら、隈なく潰せ。

つまり、バベッジの原理は、先に説明した、「Amazon.com FC の棚の思想」と同じ種類のものだとわかる。

19世紀のバベッジの資本主義思想とAmazon FCの棚の思想は同じような印象を与える。

実は、この「あらゆるムダをなくせ」というモットーは、20世紀に後半、日本の製造業が世界のお手本だったころの、日本企業のモットー「ムリ・ムラ・ムダの撲滅」からとったもの。

その代表格が、トヨタのアイデアであるトヨタ生産方式(TPS)。

バベッジの原理は、トヨタ(トヨタ自動車工業)が代表する1970年代の日本企業も追及していた、後に説明する形式合理性というもの原理であり、資本主義的社会では当たり前のものと言える。

ここまで理解した所で、最初の問題、「格差の問題」に戻る。

格差には、

があった。そして、分離して、語られることが多い二つの格差を、実は、同じ根から生まれた格差だというのが、この講義の考え方だった。

この二つの格差は、どの様に結びつくのか?

格差とバベッジの原理

実は、以上説明してきた、バベッジの原理こそが、ピケティの格差と日本の格差が背景で結びついていることを示すもの。

それを理解するための第一歩として、ちょっとした思考実験を行ってみよう。

もし、日本の「庶民感情」にあわせて、人間の能力と賃金がすべて平等で同じだったら、と考えてみよう。

そのとき、先ほどのバベッジの議論

  1. 例えばピンを尖らせる工程は週2ポンドの給与で十分な職人でもできる。
  2. しかし、ピンを鍛錬し焼入れする工程は週5、6ポンドの給与の職人でないと行うのは難しい。
  3. もし、独りの職人に両方の仕事をさせるとすると、その職人は後者の仕事をできないといけないから、6ポンドの週給を必要とする。
  4. しかし,その職人に週2ポンドの仕事もさせることになるので、その仕事の部分では4ポンド余分に払っていることになる。
  5. これはムダである。その労働の部分は「分割」して週休2ポンドのものにさせればよい。

が、こうなる、

  1. 例えばピンを尖らせる工程は週2ポンドの給与。
  2. しかし、ピンを鍛錬し焼入れする職人も週2ポンドの給与。
  3. もし、独りの職人に両方の仕事をさせるとすると、その職人は後者の仕事をできないといけないが、週給はどうせ2ポンド。
  4. 労働の種類に関わらず、労働能力にかかわらず、人にかかわらず、兎に角、週給は2ポンド。
  5. 雇い方を変えて儲けを出そうとしてもムダである。労働を分割して賃金の効率化を図ろうとしても無駄である。みんな完全平等なのだから。

つまり、格差がなければ、バベッジの原理は使えない。バベッジの原理を役立てるためには、格差の存在が必要。

「バベッジの原理」は「格差の原理」

バベッジの思考には、次のような前提が使われている:

  1. 格差はある。
  2. 安い賃金で働かせることができる能力の低い人間がたくさんいる。
  3. 目指すべきは「生産における人件費の削減」である。

これに反し、国富論でアダム・スミスが言ったことは、

一方 、バベッジの原理は、同じだけの生産を行う際に、どのように雇い、どのように労賃を払うと効率的かという原理になっている。

バベッジの原理は、人間の格差の存在を前提とし、それを利用して「雇用者が支払う総労賃あたりの生産性」を向上させるための原理といえる。

バベッジの原理は、水力発電水位差のエネルギーを使って電力を生み出すように、格差という人間の水位差により利益を生み出す

この様な、格差を当然視する、現代的資本主義の元凶は、資本論のアダム・スミスだ、という議論が、「ハゲタカ」というNHKのドラマが放映され、「ハゲタカ・ファンド」、「ハゲタカ資本主義」などという言葉流行っていた2010年前後に多かった。

しかし、実は、それは間違い。もし、元凶というのならば、それはバベッジだろう。

アダム・スミスの名誉のために、アダム・スミスの真の姿について。

少し脱線気味ながら、これがバベッジの立ち位置を鮮明にする。

グラスゴー大学道徳哲学教授アダム・スミス

実は、アダム・スミスは、「国富論」の他に、「道徳感情論」という著書を著し、むしろそちらの方が自身の主著だと思っていたともいわれる、グラスゴー大学道徳哲学教授アダム・スミスには、バベッジ的な形式合理性に徹する態度は見られない。

これを当時の日本社会に指摘したのが、阪大の堂目卓生教授。

スミスとバベッジの相違点の検討

「国富論」における分業論の主張

バベッジ"On the Economy of Machinery and Manufactures"における分業論の主張

バベッジは、これ以外にも分業について考察しているものの、この原理こそがバベッジの分業論の内、後世に影響を与えた最も重要なポイントだといわれている。

そして、その影響の最大のものは、カール・マルクスの「資本論」への影響だった…

という、話をする前に、バベッジとスミスの歴史的な関連を、史料を使って確認しておく。

実は連関のポイントは「コンピュータ(ただし、人間コンピュータ)」だった。

バベッジとアダム・スミスを繋ぐもの

以下で、これを彼の著書"On the Economy of Machinery and Manufactures"の該当部分を見ながら説明:

On the Economy of Machinery and Manufactures, 1832  (機械と製造業の経済について 1832年刊)

Chap XX. 「知的労働の分業について」の内容目次

フランスの大対数表 (§241-246)

つまり、バベッジの本の歴史資料としてのポイントは二つ

このことは、現代的な資本主義思想とコンピュータが手を携えるようにして登場したことを示しているが、さらなる議論にはマルクスの「資本論」の話が必要なので、これの説明は、さらに後!

では、ここから、まず、バベッジの著書の、彼の分業論が彼の蒸気コンピュータとともに構想されていたことを示す部分を見ていく。

階差原理の説明と蒸気計算機計画

階差機関と解析機関

階差機関:The differential Engine

階差計算の能力 advancedな話題

注. 階差計算を機械に実行させるというアイデアは,バベッジ 以前にもあった

階差機関はなぜ生まれたか

なぜそうまでして数表のエラーを避けねばならなかったか?

解析機関: The Analytic Engine

分業と計算機 (250)

分業と資本 (251)

 

バベッジの分業論は、単に分業論としてアダム・スミスにつながっていただけでなく、バベッジのコンピュータの構想も、フランスの数学者ド・プロニーの数表作成プロジェクトを介して、アダム・スミスの分業論につながっていた。

おそらく、最初は、数表作成が目的で、そのためのスチーム・コンピュータの原理を考えるなかで、バベッジの分業論も生まれたものと思われる。

つまり、コンピュータ研究が、現代資本主義を生んだ!

アダム・スミスとバベッジを繋ぐフランスの大対数表作成プロジェクト

バベッジの階差機関のオリジンは、彼の自伝 Passages of the life of a philosopher のChapterVに書かれている。

バベッジが、機械による数表の作成という計画を構想し始めたのが1812年か13年頃(p.42,上記グーグル・ブックスの書籍のページ数)。

図を引き始めたのが1820-1822。政府への提案が1823。(p.47)

On the Economy of Machinery and Manufactures の出版が1832。

バベッジは友人ハーシェルなどと、何度もフランスやヨーロッパ諸国を訪問しているらしいが、彼の自伝には面白いエピソードは詳しく書かれているが、それが何年のことか書かれていない。

しかし、On the Economy of Machinery and Manufactures の知的労働の分業で階差機関の話が書かれる前にフランスの大対数表作成プロジェクトのことが詳述され、それが知的労働でも分業が有効なことを示していると書かれ、また、その説明を受けて機械による計算が説明されていることから、

  1. 機械で計算を行うことを着想
  2. フランスの大対数表作成プロジェクトの詳細を知る。おそらくは並行して階差機関を設計
  3. この2の経験からバベッジの原理を発見

という経緯だと考えられる。

こう考えられる根拠となる部分が、

Chap XX. 「知的労働の分業について」

の「フランスの大対数表 (§241-246)」の部分。

背景:ド・プロニーの計算プロジェクト

以上のことを説明したのがバベッジの本の「フランスの大対数表 (§241-246)」。その内容は…

フランスの大対数表 (§241-243)

  1. 知的労働の分業が機械的操作(労働)の場合と同様に可能であり,それはどちらも時間の節約,時間の経済,に結びつく. (241)
  2. 歴史上最大規模に行われたフランスのド・プロニーの計算プロジェクトが,この考え方の現実性を説明している (242)
  3. その考え方の元はアダム・スミスの国富論にあることをド・プロニー自身が語っている。(243)
  4. ド・プロニーが考えた組織構造は三層構造による「知の分業」だった(244)
  5. 最下層の労働の量は大きいが、労働の価格は安くてすむ。
  6. 最上層の仕事は大変だが(extertions)、一度やれば済む。
  7. しかし、計算機(a calculating-engine) が作られて最下層を置き換える時には、数学的見直しが必要かもしれない。(245)

5はバベッジの原理の視線を連想させる。

3は、アダム・スミスの分業が知的労働に応用可能であることをド・プロニーを通して知ったことを示唆する。ただし、自伝に de Prony の名前がないことから、de Prony は知的分業の有効性の説明のためにだけ使ったという可能性はある。(アカデミックな学問では、こういう reservation を常に持たなくてはいけない!)

7は、バベッジが既に低賃金の機械的仕事をする労働者を、本当に機械で置き換えることを考えていたことを明瞭に示している。

人間の仕事が、知的仕事であっても機械に奪われる可能性があるという、このところ良く聞かれる意見の源は、この様に、すでに1810-30年代のイギリスまで遡れる。つまり、およそ2世紀前。

そして、バベッジの On the Economy of Machinery and Manufactures の四半世紀後、バベッジが住んだ同じロンドンの大英図書館で、バベッジの分業論などを手がかりにしつつ、この「機械的仕事をする部品の様に使われる労働者」の問題を、労働者側から見て、新しい経済学理論を綴っていたひとりの亡命ドイツ人(プロイセンのユダヤ人)がいた。

それがカール・マルクス。そして、彼が書いていた経済学理論こそが「資本論」。

続く…