情報歴史社会学入門メモ 2015.06.17
前回までの資料より(以前の資料に、かなり手が入っている。とくにこの辺り。)
分業論の始まり:アダム・スミス「富国論」の分業論
アダム・スミス国富論 1776年刊
有名なピン製造所の分業論の要旨(ピンとはheadpinのことらしい。あるいは、こんなの?)
- 経験がないものが作ろうとすると1日1本作れるかどうかもあやしい。
- しかし、ピン製造現場では次のように分業により製造がなされている:
- 第1の職人は針金を引き延ばす。Wire drawing: 針金を決められた太さにすること。作業中の図 「定規」の役割をするプレート。これの穴に太い針金を通して細くする。
- 第2の職人はこれをまっすぐにし。
- 第3の職人はそれを適当な長さに切り分ける。
- 第4の職人は先を尖らし。
- 第5の職人は頭をつけるためにトップを磨く。(これがよく判らない。原文は grinds it at the top for receiving the head.)
- その取り付ける頭を作るには2,3の別の工程が必要。
- このほかピンを磨いたり包装したりという工程まで考慮にいれると約18工程が必要。
- 10名の労働者がいる工場の実例では、1日におよそ48000本のピンが作られていた。
- つまり、1名が1日で4800本のピンを作っていることになる。
- これらの労働者はピン作りの教育も受けていないものたちなので、それぞれが一人でピンを作るとしたら、1日に20本どころか1本も作れないかもしれない。
- つまり、アダム・スミスは分業で効率が240倍から4800倍は上がるはずだと主張している。
国富論・分業論における労働者(職人)への視線
- 分業=難しい仕事を、より簡単な仕事に分解すること→技能がない者、訓練されていないものにも職を与えることができる。
- つまり、ある人に職を与えようとしても、もし高い技能を必要とする職ならば、その技能を持たない人に与えることができない。
- もし、職を分解して、単純な部分を「切り出せ」れば、低い技能しかもたない人にも、職を与えることができる。
- 教育が行き届いてなかった、当時としては、実に現実的で有用なアイデア。
- 余剰時間を、訓練、学び、改善に使える。
そしてバベッジの分業論
以上のような、18世紀(1776年)スコットランドのアダム・スミスの分業論に対して、19世紀(1833年)のイングランドのバベッジは分業論をさらに展開した。そして、それはスミスのものと異なり、労働者の人間性を殆ど顧みないものだった。
ここから今回追加した資料
バベッジの分業論
18世紀(1776年)スコットランドのアダム・スミスの分業論に対して、19世紀(1833年)のイングランドのバベッジは分業論をさらに展開した。
バベッジは次のように考えた。
- 多種類の労働を独りの人が行うような労働形式では、分業に比べて労賃がムダに払われる場合がある。
- ひとつの仕事は一人の人に専門的にやらせるようにすると労賃が総額で減る。
- 例えばピンを尖らせる工程は週2ポンドの給与で十分な職人でもできる。
- しかし、ピンを鍛錬し焼入れする工程は週5、6ポンドの給与の職人でないと行うのは難しい。
- もし、独りの職人に両方の仕事をさせるとすると、その職人は後者の仕事をできないといけないから、6ポンドの週給を必要とする。
- しかし,その職人に週2ポンドの仕事もさせることになるので、その仕事の部分では4ポンド余分に払っていることになる。
- これはムダである。その労働の部分は「分割」して週休2ポンドのものにさせればよい。
この「あたり前の考え方」を経済学・経営学ではバベッジの原理という。まとめると…
- より高いスキルを必要とする労働者の労働時間は、労働の分割などにより、より少なくなるようにすれば、製造業者は、より高い利益をあげることができる。
このアイデアの背景には、次のような思想が見て取れる:
- 高い能力を必要として、その故に高い給与を必要とする労働者が、低い能力で十分な仕事をしているのは「能力の倉庫の隙間だ。無駄だ」。
- 無駄(な隙間)は見つけたら、隈なく潰せ。
- 人気のコミック本が、この数日で100冊売れてコミックの棚に大きな隙間ができた。
- 京都学派の哲学者西田紀郎の文庫本20冊が入荷されたが哲学の棚が一杯。
- コミックの棚に十分なスペースはあるが尊敬する西田先生の本なのでそんなところにはおけない…
- などと考えるのではなく、使われない隙間は無駄だ、とにかく潰すことを考えて、哲学書をコミックの棚に置く。
- ………
- という風に考えるのならば、もともと、コミックの棚、哲学書の棚、などという考え自体がバカらしい。
- 書棚とは書籍という名前の「もの」を置く隙間・スペースの集まりに過ぎない。
- 知識の分類、内容の高尚さなどは無視して、置くことの効率のみを追求すればよい!
つまり、バベッジの原理は、先に説明した、「Amazon.com FC の棚の思想」と同じ種類のものだとわかる。
19世紀のバベッジの資本主義思想とAmazon FCの棚の思想は同じような印象を与える。
実は、この「あらゆるムダをなくせ」というモットーは、20世紀に後半、日本の製造業が世界のお手本だったころの、日本企業のモットー「ムリ・ムラ・ムダの撲滅」からとったもの。
その代表格が、トヨタのアイデアであるトヨタ生産方式(TPS)。
バベッジの原理は、トヨタ(トヨタ自動車工業)が代表する1970年代の日本企業も追及していた、後に説明する形式合理性というもの原理であり、資本主義的社会では当たり前のものと言える。
ここまで理解した所で、最初の問題、「格差の問題」に戻る。
格差には、
- ピケティの格差: 最上位と、それ以外の格差、
- 日本の格差: 最下位と、それ以外の格差
があった。そして、分離して、語られることが多い二つの格差を、実は、同じ根から生まれた格差だというのが、この講義の考え方だった。
この二つの格差は、どの様に結びつくのか?
格差とバベッジの原理
実は、以上説明してきた、バベッジの原理こそが、ピケティの格差と日本の格差が背景で結びついていることを示すもの。
それを理解するための第一歩として、ちょっとした思考実験を行ってみよう。
もし、日本の「庶民感情」にあわせて、人間の能力と賃金がすべて平等で同じだったら、と考えてみよう。
そのとき、先ほどのバベッジの議論
- 例えばピンを尖らせる工程は週2ポンドの給与で十分な職人でもできる。
- しかし、ピンを鍛錬し焼入れする工程は週5、6ポンドの給与の職人でないと行うのは難しい。
- もし、独りの職人に両方の仕事をさせるとすると、その職人は後者の仕事をできないといけないから、6ポンドの週給を必要とする。
- しかし,その職人に週2ポンドの仕事もさせることになるので、その仕事の部分では4ポンド余分に払っていることになる。
- これはムダである。その労働の部分は「分割」して週休2ポンドのものにさせればよい。
が、こうなる、
- 例えばピンを尖らせる工程は週2ポンドの給与。
- しかし、ピンを鍛錬し焼入れする職人も週2ポンドの給与。
- もし、独りの職人に両方の仕事をさせるとすると、その職人は後者の仕事をできないといけないが、週給はどうせ2ポンド。
- 労働の種類に関わらず、労働能力にかかわらず、人にかかわらず、兎に角、週給は2ポンド。
- 雇い方を変えて儲けを出そうとしてもムダである。労働を分割して賃金の効率化を図ろうとしても無駄である。みんな完全平等なのだから。
つまり、格差がなければ、バベッジの原理は使えない。バベッジの原理を役立てるためには、格差の存在が必要。
「バベッジの原理」は「格差の原理」
バベッジの思考には、次のような前提が使われている:
- 格差はある。
- 安い賃金で働かせることができる能力の低い人間がたくさんいる。
- スキルのある職人から分割した労働をさせることができる低賃金労働者が十分いなければ分割ができない。
- 目指すべきは「生産における人件費の削減」である。
これに反し、国富論でアダム・スミスが言ったことは、
- 10人の労働者の場合、同じ人たちが働く2つの方法(分業ありと分業なし)で効率が数百から数千倍違う。
- 労賃の問題と関係なく分業で効率が上がるところだけを見ている。
- つまり、スミスの場合は、最初から、同じ10名を雇うという前提になっていて、だから、労賃も同じで、生産性の向上についてだけ語っている。
一方 、バベッジの原理は、同じだけの生産を行う際に、どのように雇い、どのように労賃を払うと効率的かという原理になっている。
バベッジの原理は、人間の格差の存在を前提とし、それを利用して「雇用者が支払う総労賃あたりの生産性」を向上させるための原理といえる。
バベッジの原理は、水力発電が水位差のエネルギーを使って電力を生み出すように、格差という人間の水位差により利益を生み出す。
- 注意:グローバル化の時代である現代では、この人間の水位差の利用が国家間、地域間の格差により行われている。これについては、後に言及。
この様な、格差を当然視する、現代的資本主義の元凶は、資本論のアダム・スミスだ、という議論が、「ハゲタカ」というNHKのドラマが放映され、「ハゲタカ・ファンド」、「ハゲタカ資本主義」などという言葉流行っていた2010年前後に多かった。
しかし、実は、それは間違い。もし、元凶というのならば、それはバベッジだろう。
アダム・スミスの名誉のために、アダム・スミスの真の姿について。
少し脱線気味ながら、これがバベッジの立ち位置を鮮明にする。
実は、アダム・スミスは、「国富論」の他に、「道徳感情論」という著書を著し、むしろそちらの方が自身の主著だと思っていたともいわれる、グラスゴー大学道徳哲学教授アダム・スミスには、バベッジ的な形式合理性に徹する態度は見られない。
これを当時の日本社会に指摘したのが、阪大の堂目卓生教授。
スミスとバベッジの相違点の検討
「国富論」における分業論の主張
- 分業は生産力の増強に三つの長所を持つ。
- 職人個々の技能増進
- 仕事から別の仕事に切り替えるための時間の節約
- 労働を促進し労働時間を短縮し、さらには生産性を高める機械の発明に寄与する
- 労働時間の短縮は余剰時間であり、それにより発明が導かれる。
- 専門化も社会レベルでの分業である
- 分業は国民の全ての層を豊かにする
- スキルがないものにも職が生まれる
- 生産物が増え、貧困層にも物品が行き渡る
バベッジ"On the Economy of Machinery and Manufactures"における分業論の主張
- "On the Economy of Machinery and Manufactures" Google Books
- バベッジの原理の部分(凡そ、225-238。原理は226のイタリックの部分)
- バベッジの原理の部分の原文のGoogle book のテキスト版から(セクション226のイタリックの部分に対応):
- That the master manufacturer, by dividing the work to be executed into different processes, each requiring different degrees of skill or of force, can purchase exactly that precise quantity of both which is necessary for each process; whereas, if the whole work were executed by one workman, that person must possess sufficient skill to perform the most difficult, and sufficient strength to execute the most laborious, of the operations into which the art is divided*
- 和訳(意訳):工場主(the master manufacturer)は、行うべき仕事を、各プロセスが、その遂行に必要な最低限の労働力を一人の労働者で賄えるよなプロセスに分解し、そしてその上で、各プロセスを遂行する労働者を雇用することができる。もし、これをしないで、仕事全体を一人の労働者にさせるのならば、そういう細かいプロセスに内の、最もスキルを必要とするもの、また、体力を必要とするもの遂行できるような労働者を雇用しないといけないこととなる。(だから、労賃が高くなる。)
- 特にセクション(238)の労賃の表を注目。これで、当時の格差や、児童労働の実態が分かる。
- これは実際のイギリスのピンメーカーの工場(国富論と同じ職種であることに注意)での実例を表にしたもの。そこで実際にバベッジの原理を、その工場の所有者(工場主)が行っている、それを記録したもの。
- ここでも、バベッジが方式を考えたのではなくて、スミスがそうだったように、現実の工場で発明されたものに、後付で理屈をつけている。
- それがバベッジの原理。(これでスミスやバベッジの分業原理の価値が減るのではない。こうやって明文化すると、他の工場でも簡単に真似ができる、改善できる。現在、トヨタ生産方式と呼ばれているものも、多分に、これと同じで後知恵である。つまり、現場が考え出したもの。)
- この実例で、どれほどの格差があったか見てみよう。
- 1s 6d は、1シリング6ペンスのこと。
- 12ペンス=1シリング
- 20シリング=1ポンド
- このページの回答を信じるならば1ポンドが1830年代には大体2万円。つまり、1シリングは、1千円くらい。1ペニーは83円くらい。
- ただし、あまり信じてはいけない。貨幣価値の比較は実に難しいので。飽くまで参考!本当は、これ位は考えなくてはいけない。この時代の英国の貧民(特に boy)については、ディケンズのオリバー・ツィストなどを参照。
- ただ、今は、問題は格差なので、差だけ考えればよいので根拠がないが、上の数値でやっておく。
- 最大の労賃(日当)を得るものは、6番の tinning or whitening のメッキ職人で、日当が6シリング。6千円位。
- バベッジの説明(233)を読むと、この職人は、その wife は lad (弟子、手伝い)にサポートされていると書いてあるので、労賃が高いのも当然。むしろ、pointing の5シリング3ペンスの方が良い労賃かもしれない。
- 最小の労賃を得るものは、4番の twisting, cutting heads の二種類の労働者の内の、補助にあたる Boy で、4.5ペンス。つまり、多く見ても380円くらい。時給でなく日当。
- この2種類の労働者の日当による格差は、6000/380=15.789... で、約15-16倍。
- すべてのプロセスを、6番の労働者(職人)に行わせたら、どうなるかは、明らか。
- ただし、正確には、それぞれの労働時間を勘案しないといけない。
- これらの部分を読んでみても、スミスのような労働者側からの視点が、ほとんど見られない。
- どうれすればコストを下げられるかに視線が限定されている。
バベッジは、これ以外にも分業について考察しているものの、この原理こそがバベッジの分業論の内、後世に影響を与えた最も重要なポイントだといわれている。
そして、その影響の最大のものは、カール・マルクスの「資本論」への影響だった…
という、話をする前に、バベッジとスミスの歴史的な関連を、史料を使って確認しておく。
実は連関のポイントは「コンピュータ(ただし、人間コンピュータ)」だった。
バベッジとアダム・スミスを繋ぐもの
On the Economy of Machinery and Manufactures, 1832 (機械と製造業の経済について 1832年刊)
- Google Books で無料で読めるのは1846年の4版。
- バベッジのこの本についてのおそらく唯一の日本語の本での詳しい言及:「コンピューター200年史―情報マシーン開発物語, マーチン キャンベル‐ケリー , ウィリアム アスプレイ」
- 現代的には生産工学(テイラリズム、トヨタ生産方式)、経営学のような感じ。目次。
- Chap I :バベッジの時代、イギリスを特別な国家としていた産業革命について
- Chap
XX: 知的労働の分業について (Chap XX とは、chapter 20 のこと)
Chap XX. 「知的労働の分業について」の内容目次
- フランスの大対数表 (§241-246)
- 機械による算術計算の実行 (§247)
- 数学的原理の説明: 階差による2乗の表 (§248)
- .三つの時計による説明 (§249)
- .鉱山における労働力の配分 (§252)
フランスの大対数表 (§241-246)
- この部分が、アダム・スミスとバベッジが人間コンピュータによって歴史的につながっていることを示す史料なのだが、その話の前に、その後の部分を見て置く。
- この後の部分は、バベッジの分業論が、現代のコンピュータの先駆である、彼の蒸気コンピュータとともに構想されていたことを示す史料。
つまり、バベッジの本の歴史資料としてのポイントは二つ
- 格差の原理であるバベッジの原理は、コンピュータの構想とともに生まれた。(これから話すこと)
- バベッジのコンピュータの構想やバベッジの原理は、あるフランスの数学プロジェクトを介して、アダム・スミスの国富論に繋がっていた。(後で話すこと)
このことは、現代的な資本主義思想とコンピュータが手を携えるようにして登場したことを示しているが、さらなる議論にはマルクスの「資本論」の話が必要なので、これの説明は、さらに後!
では、ここから、まず、バベッジの著書の、彼の分業論が彼の蒸気コンピュータとともに構想されていたことを示す部分を見ていく。
階差原理の説明と蒸気計算機計画
- 機械による計算という,当時としては当たり前とは言えない考え方を読者に説明する。(247)
- その原理は「階差計算」。の例、つまり、
「x の2乗」の数表。(248) ちなみに数表とは。
- これは全く数学的なので、それを機械で実行できることを説明するために、として、三つの「時計」A,B,Cの説明を表を使い行う。
- そして、これにより限定された場合だが、(248)の階差計算が「時計」の紐(string)を繰り返し引くという操作で、行えることを説明する。そして、the first model of the calculating-engine (蒸気計算機の最初のモデル)が、このように作られつつあるという。(249)
階差機関と解析機関
階差機関:The differential Engine
- 階差機関の原理 階差計算
- バベッジ の著書より.F(x)=x2
- 階差とは並んだ数の右の数から左の数を引くこと。(引き算だけ!)
- x 1 2 3 4 5 6... から
- F(x) 1 4 9 16 25 36... を作る
- 階差 3 5 7 9 11...
- 階差 2 2 2 2...
- これを下から,上に作れば,足し算だけで F(x)=x2を計算できる.足し算だけ。誰にでもできます!
階差計算の能力 advancedな話題
- 数学の理論により,殆どの(連続)関数は,多項式 F(X) で近似できることが知られている.
- マクローリン展開、テイラー展開など。さらには、こちらの定理。
- 易しい解説:高校生のためのマクローリン展開
- Excel で cos(x) を4次多項式で近似するサンプルを作りました。自分でもやってみたい人は、これを使って色々やってみてください。
- 1回の階差計算は,1回微分することにあたる.したがって,
- n次の多項式は,n回階差計算すれば,定数になる.
- 実際に、F(x)=x2 を2回階差計算したら,定数 2, 2, 2, … になった.
- よって,近似の誤差を処理すれば,ほとんどすべての関数の計算,したがって,実質,どんな関数でも,その計算が可能.
- 計算するために必要なのは,数列を記憶しておくこと.そして,数列の項に対して足し算を行うこと.
- バベッジ は,これを機械にやらせようとした.
注. 階差計算を機械に実行させるというアイデアは,バベッジ 以前にもあった
階差機関はなぜ生まれたか
- 先ほどのYouTubeの動画の説明で、数表と、それを印刷する為の「鉛版」 (stereotype plate)を作る為の石膏の母型(flong)が見えた。
- 該当箇所:http://www.youtube.com/watch?v=0anIyVGeWOI#t=58s URLをブラウザに直接入力してください。
- 石膏母型の箇所:http://www.youtube.com/watch?v=0anIyVGeWOI#t=58s
- 数表の箇所:http://www.youtube.com/watch?v=0anIyVGeWOI#t=1m15s
- この印刷の仕組について、YouTube の動画の解説の人は次の様に言っている:
- The purpose of all that was to eliminate the risk of human error.
- 該当箇所:http://www.youtube.com/watch?v=0anIyVGeWOI#t=1m11s
- 人間が入るとエラーが起きる!人間(性)は邪魔だ!
- Amazon FC の1フットルールや、Quiet Logistics の人間禁止エリアと同じ思想。
なぜそうまでして数表のエラーを避けねばならなかったか?
- 答えは英国の国力ため。軍事と航海において計算が重要だった。
- それは今も重要。現代軍事力の中心にはコンピュータがある。
- 現代の軍事超大国であるアメリカの兵器の多くがコンピュータにより運用され、戦闘における多くの計算や決定、兵器のコントロールがコンピュータにより行われている。
- 例えば、この Goalkeeper 動画
- Goalkeeper がミサイルを撃ち落とすには、銃身をどれだけの角度に傾ければミサイルにあたるかを計算する、いわゆる弾道計算が重要。
- ミサイルは高速で動く、船も動いている。海上は強風が吹いている。そういうことをすべて計算に入れてミサイルを撃ち落とす。
- 間違えればミサイルは自分の艦にあたる。
- バベッジの時代には弾道計算は主に大砲の場合で、Goalkeeper のような動く標的の弾道計算はできなかった。
- それでも重力や風で弾道が曲がるので、たとえ標的がとまっていても弾道計算は大変だった。
- また、航海において、星の位置などから船の位置を計算するために計算は大変重要だった。
- その他、産業、軍事、運輸の様々な場面で、英国をはじめとする西欧列強にとって、数学の計算は「国家の力」だった。
- コンピュータがない、19世紀の弾道計算は、数表を用いて行われていた。
- これは第二次世界大戦でも同じで、現代のコンピュータの先祖ENIACは米陸軍の弾道計算のために生まれた。
- つまり、数表に誤りがあれば、戦闘に支障がでるかもしれない。航海における位置の確認にも支障がでる。商取引の計算にも…
- 計算力は国力!!
- ところが、その数表に実際には多くの間違いがあった。
- 人は誤るものだ、だったら機械に全部やらせよう! → 階差機関、解析機関
解析機関: The Analytic Engine
- バベッジ は,英国政府から多大の研究費を得て,階差機関を作ろうとしたが,当時の機械技術では,難しかった.
- そのため,ヨーロッパ各地の工場を使える技術を求めて視察し,その結果が On the Economy of Machinery and Manufactures の執筆となったとも言う.
- しかし,バベッジ の計画は,遅々として進まず,英国政府からも信用されなくなり,資金も続かなくなる.
- さらにまずいことにバベッジ は,階差機関を完成させずに,解析機関という,さらに進んだ機械の設計に没頭するようになる.
- この機械は,一戸建ての家くらいの大きさで,6台の蒸気機関で動かす設計になっていた.
解析機関の能力は現代のコンピュータと同等 advanced
- 階差計算の出力を,再び,階差計算の入力にできるように,出力を入力に結びつけていた. これは現代的用語で「ループ」という.
- 足し算,数列の記録,ループ,条件分岐(つまり、条件を判定して、次の仕事を2つの候補の中から選ぶこと)の四つがあると,現代のコンピュータと,同じ計算ができることが知られている.
- 解析機関は、この4条件を備えており,さらには計算手従,つまり,「プログラム」を,ジャガード織機のために使われていたパンチカードで指定することができた.つまり、原理上はであるが,現代のコンピュータと「同じ能力」を持っていた。
- このパンチカードによるプログラミングの部分は、最初のデジタルコンピュータの一つとも言われるENIACより進んでいるとさえ言える。ENIACにおけるプログラミングはケーブルによる配線で行っていた。
- もし,バベッジが成功していたら,世界はどんな風だったろうか、と空想したいのは人情!それを夢想したスチームパンク小説がある。
分業と計算機 (250)
- これにより、分業 (division of labour)の効果が機械的(mechanical)な作業(operation)でも、知的(mental)な作業でも見られ、それにより「非熟練労働者の雇用を避けることができる」という(250)
- we avoid employing any part of the time of a man who can get eight or ten shillings a day by his skill in tempering needles, in turning a wheel, which can be done for six pence a day;
- つまらない計算のために数学者を雇わなくても済むということも言っている: and we equally avoid the loss arising from the employment of an accomplished mathematician in performing the lowest processes of arithmetic.
分業と資本 (251)
- 分業の効果は大量生産のデマンドを前提とする。そして、それは、大資本を必要とする。この前提がない限り、分業は成功しない:
- The division of labour cannot be successfully practiced unless there exists a great demand for its produce; and it requires a large capital to be employed in those arts in which it is used.
- この分業の方法は、時計の生産では成功するだろう.、と予測している。
- この一言で、まだ、大量生産が生まれていない時代の思索であることがわかる。
- つまり、バベッジは未来を正確に予測した。
- そして、現実の歴史は、彼の想像をはるかに凌駕するものだった。
バベッジの分業論は、単に分業論としてアダム・スミスにつながっていただけでなく、バベッジのコンピュータの構想も、フランスの数学者ド・プロニーの数表作成プロジェクトを介して、アダム・スミスの分業論につながっていた。
おそらく、最初は、数表作成が目的で、そのためのスチーム・コンピュータの原理を考えるなかで、バベッジの分業論も生まれたものと思われる。
つまり、コンピュータ研究が、現代資本主義を生んだ!
アダム・スミスとバベッジを繋ぐフランスの大対数表作成プロジェクト
バベッジの階差機関のオリジンは、彼の自伝 Passages of the life of a philosopher のChapterVに書かれている。
- ただし、完全に信じるのは危険。
- バベッジ自身の記憶・判断なので wishfull thinking が入っている可能性がある。人間は無意識にも自分に都合よく記憶を変えてしまうもの。
- 不完全な身としては、それは非難できることではない。だから歴史家は研究対象の本人が言う事を鵜呑みにしてはいけない。
- しかし、バベッジの記述の調子からして、この部分は、相当に歴史的事実に近いと思われる。そこで、ここでは、その記述を信じて説明する。
- ただし、歴史学的にさらに踏み込んだ調査が必要。バベッジが何時頃 de Prony の仕事を知ったか、それがパベッジの原理や蒸気コンピュータの着想とどういう影響関係にあるのかは、まだ、完全には解明されていない。
- 自伝でのバベッジの原理の扱いは、非常に軽い。pp.436-7 おそらく本人は、それほど重要だと思っていなかったのだろう。
- そういうこともあり、この関係の解明は難しい。(手がかかりが少ないので)。
バベッジが、機械による数表の作成という計画を構想し始めたのが1812年か13年頃(p.42,上記グーグル・ブックスの書籍のページ数)。
図を引き始めたのが1820-1822。政府への提案が1823。(p.47)
On the Economy of Machinery and Manufactures の出版が1832。
バベッジは友人ハーシェルなどと、何度もフランスやヨーロッパ諸国を訪問しているらしいが、彼の自伝には面白いエピソードは詳しく書かれているが、それが何年のことか書かれていない。
しかし、On the Economy of Machinery and Manufactures の知的労働の分業で階差機関の話が書かれる前にフランスの大対数表作成プロジェクトのことが詳述され、それが知的労働でも分業が有効なことを示していると書かれ、また、その説明を受けて機械による計算が説明されていることから、
- 機械で計算を行うことを着想
- フランスの大対数表作成プロジェクトの詳細を知る。おそらくは並行して階差機関を設計
- この2の経験からバベッジの原理を発見
という経緯だと考えられる。
こう考えられる根拠となる部分が、
Chap XX. 「知的労働の分業について」
- フランスの大対数表 (§241-246)
- 機械による算術計算の実行 (§247)
- 数学的原理の説明: 階差による2乗の表 (§248)
- .三つの時計による説明 (§249)
- .鉱山における労働力の配分 (§252)
の「フランスの大対数表 (§241-246)」の部分。
背景:ド・プロニーの計算プロジェクト
- フランス革命直後1790年,フランスの数学者 ド・プロニー (de Prony 1755-1839)が大数表作成のプロジェクトを始めた
- 計算機がない時代の新国家建設のための大事業
- アンシャン・レジームの象徴だった貴族のヘアドレッサーとその使用人たちが革命で失業。参考リンク。その失業対策を兼ねヘアドレッサーの使用人を「コンピュータ」として雇用。
- もちろん、本来の目的は「正しい数表」を作ること。
- これについては比較的易しい論文がある: Work for the Hairdressers: The Production of de Prony’s Logarithmic and Trigonometric Tables, 1990, vol. 12, I, Grattan-Guinness,IEEE Annals of the History of Computing 参考
- この数表作成プロジェクトで使われたのが計算の分業体制
- ヘアドレッサーの使用人は掛算,割り算が正確にできないので,足し算,引き算に,すべての計算を分割・分業化した。
- つまり、階差計算を使った。
- 大量の計算をすることを厭わなければ、この世の計算の多くは、足し算・引き算の繰り返しだけでできる。 ヘアドレッサーの使用人でもできる。
以上のことを説明したのがバベッジの本の「フランスの大対数表 (§241-246)」。その内容は…
フランスの大対数表 (§241-243)
- 知的労働の分業が機械的操作(労働)の場合と同様に可能であり,それはどちらも時間の節約,時間の経済,に結びつく. (241)
- 歴史上最大規模に行われたフランスのド・プロニーの計算プロジェクトが,この考え方の現実性を説明している (242)
- その考え方の元はアダム・スミスの国富論にあることをド・プロニー自身が語っている。(243)
- ド・プロニーが考えた組織構造は三層構造による「知の分業」だった(244)
- 上級層 First section: 数学者。数式を考える。
- 中級層 Second section: 数学者が考えた式を具体的計算に書き換える(コンパイル)。7,8名の人からなる。また、計算の検証(検算)もする。
- 下級層 Third section:実際に計算をする人たち(60-80名)。【これが足し算、引き算しかできないヘアドレッサーの棟梁の下働きだったらしい】
- 最下層の労働の量は大きいが、労働の価格は安くてすむ。
- 最上層の仕事は大変だが(extertions)、一度やれば済む。
- しかし、計算機(a calculating-engine) が作られて最下層を置き換える時には、数学的見直しが必要かもしれない。(245)
- The exertions of the first class are not likely to require, upon another occasion, so much skill and labour as they did uponthe first attempt to introduce such a method; but when the completion of a calculating-engine shall have produced a substitute for the whole of the third section of computers, the attention of analysts will naturally be directed to simplifying its application, by a new discussion of themethods of converting analytical formulas into numbers.
5はバベッジの原理の視線を連想させる。
3は、アダム・スミスの分業が知的労働に応用可能であることをド・プロニーを通して知ったことを示唆する。ただし、自伝に de Prony の名前がないことから、de Prony は知的分業の有効性の説明のためにだけ使ったという可能性はある。(アカデミックな学問では、こういう reservation を常に持たなくてはいけない!)
7は、バベッジが既に低賃金の機械的仕事をする労働者を、本当に機械で置き換えることを考えていたことを明瞭に示している。
人間の仕事が、知的仕事であっても機械に奪われる可能性があるという、このところ良く聞かれる意見の源は、この様に、すでに1810-30年代のイギリスまで遡れる。つまり、およそ2世紀前。
そして、バベッジの On the Economy of Machinery and Manufactures の四半世紀後、バベッジが住んだ同じロンドンの大英図書館で、バベッジの分業論などを手がかりにしつつ、この「機械的仕事をする部品の様に使われる労働者」の問題を、労働者側から見て、新しい経済学理論を綴っていたひとりの亡命ドイツ人(プロイセンのユダヤ人)がいた。
それがカール・マルクス。そして、彼が書いていた経済学理論こそが「資本論」。
続く…