2011年度京大全学共通講義 ゲーデルと数学の近代資料  2012.01.13 から抜粋

岩波新書「ゲーデルと数学の近代」を教科書として使う予定だった後期講義。芸術のモダニズムと数学の近代の関連(英国の数学史家グレイのテーゼ)や、林の数学の近代化論を論じた。
#全学共通なので、前半はモダン・アートの話などを強調してエンターテイメント性をもたせたが、後半は社会学理論などがでてきて、理系の1回生には難しかったらしい。
#それでも大変に良い手ごたえだった。

……

ここから、数学基礎論論争の話。

 

通俗的説明(一昔前の世界の通説、今も日本の通説?)批判も混ぜつつ

普通は、こういう説明の後に(あるいは同時に)、それぞれの数学的仔細などを説明するが、ここでは今までの「近代への視座、用語」とゲーデルの歴史観を使って説明してみよう。

まず、ゲーデルの歴史観の詳しい説明をする。これは最初の方の講義で大雑把に説明していたもの。

ゲーデルの歴史観

一般名詞としては、「ゲーデルの歴史観」と呼んでいる歴史観は、ゲーデル全集第3巻 pp.374-387,、未発表エッセイと講義、の The modern development of the foundations of mathematics in the light of philosophyというタイトルの講演草稿で表明されている論理学者クルト・ゲーデルの世界観・歴史観。同時に、林が使う専門用語としては、それを林が、いままで説明してきた社会学のコンセプトにより定式化しなおしたもの。

ゲーデルという人が、今まで説明している数学史のなかで、どういう位置にいる人かは、その数学史の説明の中で、ただし、一番最後の方で説明することになる。ゲーデルが、その歴史を、彼の論理学・数学における最大の業績「不完全性定理」により実質的に終らせてしまったから、こんなことになってしまう。数学の基礎を巡る哲学の歴史は、ゲーデル後にも色々あるが、実質的に波風立たずという情況。江戸時代の太平のようになっている。

この文書はアメリカ哲学会で予定されていた講演のコンセプトらしいが、確定的なことは分かっていない。タイトルは編集者がつけたと思われる。ゲーデルの死後に発見された Vortrag, Konzept (講演、コンセプト)とラベルされた、アメリカ哲学会からの封筒に入っていたもので、ドイツ語速記の原稿。20世紀初頭のオーストリアではギムナジウムでは速記を教えることになっていたので、このころの哲学者、数学者などは速記ができた。他の例としては哲学者のカルナップの「日記」(ほとんどライフログらしい)がある。全集では、ドイツ語への翻刻と、それの英訳が、左ページドイツ語、右ページ英語という形式で掲載されている。

そのドイツ語翻刻の先頭はこう始まる: Ich moechte hier versuchen, die Entwicklung der mathematischen Grundlagenforschung seit etwa der Jahrhundertwende in philosophischen Begriffen zu beschreiben und in ein allgemeines Schema von moeglichen philosophischen Weltanschauungen einzuordnen.

林の和訳:私はここで、世紀の変わり目(19世紀から20世紀への変わり目のこと)のころからの数学の基礎付け研究の発展について、それを哲学の概念を用いて記述し、また、それを可能な(複数の)哲学的世界観についての一つの普遍的図式(das Schema, スキーマ, 型、形式、略図)で整理してみたいと思います。

この、可能な(複数の)哲学的世界観についての一つの普遍的図式、ein allgemeines Schema von moeglichen philosophischen Weltanschauungen というのがゲーデルの歴史観。それは概略を説明すると、次のようになる:

……