2024年度数学史講義資料4:人のドラマとしての Hilbert 不変式論
一応、もう一つ講義資料5があるものの、それは「おまけ」の様なもので、これが実質的に最後の講義資料である。これまでの講義資料では、2以外は、数学の話が多かったが、この資料では、殆どが、神学事件における数学者たちの人間のドラマの話になる。 講義資料2で示した、この資料の目次を再録すると、次のようになる。
- 1. 神学事件の真相。
- 1.1. Hilbert 論文[Hilbert1890]を投稿。
- 1.2. Klein の素早い反応。
- 1.3. Klein の Gordan へのレビュー依頼。
- 1.4. Gordan の返事。
- 1.5. Hurwitz と Klein のやり取りと Hilbert の怒りの書簡。
- 1.6. 事件終焉:Klein から Hilbert への書簡。
- 2. 事件の総括:それは本当はどれ位革新的だったのか。
1. 神学事件の真相
この1では、「それは数学ではない、神学だ」という Gordan の発言が、どの様にして生まれたのかという話、もう少し具体的に言うと、起きる必要がなかった、そういう状況を、Klein が如何に生み出してしまい、また、如何に収束させたかという事を再現する。以下、項のタイトルなどに日付を書いてあるが、事件は、すべて1890年に起きているので、1890年の日付である。
1.1. 2月15日: Hilbert 論文を投稿
2月15日の書簡で、Hilbert が "Ueber die Theorie der algebraischen Formen"[Hilbert1890] の論文原稿を Klein に送り、Annalen での掲載を依頼(書簡の原資料のPDF版)。書簡は、最初は原稿についての簡単な説明だが、途中からは、別の数学の問題に話題が移る。
1.2. 2月18日: Klein の素早い対応
2月17日に Hilbert からの原稿と書簡を受け取った Klein は、翌18日には、Hilbert に対して返信を送っている(書簡の原資料のPDF版)。それには、昨日夕刻、Hilbert の原稿を、musterhaft verpacktes, exemplary packaging で受け取った旨書かれている。当時のドイツの郵便システムには、Weitersendung という制度があり、例えば商品見本をこれで送ると、一旦受け取った人が、次の人に無料で郵送することができた。おそらく最初の料金はかなり高目なのだろうが、エディタが受け取った後、少なくとも印刷のためにさらに送る必要があり、このケースの様にレビューを依頼する人に送ることもあるので、おそらく論文を投稿する際には、Weitersendung にするのが普通だったと思われる。
強い印象を与えるのが、その次の部分である。Frei の翻刻と、その英訳をしめす。
Nehmen Sie Namens der Annalenredaction besten Dank dafür. Ich zweifele nicht, dass dies die wichtigste Arbeit über allgemeine Algebra ist, welche die Annalen seither veröffentlichten. Sie erledigen alle die principiellen Puncte, deren Nichterledigung mir früher, als ich mich noch selbst mit Formentheorie und Raumgeometrie abgab, das unbehaglichste Gefühl verursachte. Ich werde sehen, ob es möglich ist, Ihre Arbeit unter der Masse des sonst vorliegenden Materials etwas voranzustellen.Puncte は、Punkte の事で、19世紀には良くある綴りである。
On behalf of the Annalen editorial team, I would like to thank you for this. I have no doubt that this is the most important work on general algebra that the Annalen has published ever since. You deal with all the fundamental points, the non-completion of which caused me the most uncomfortable feeling when I was still dealing with form theory and spatial geometry. I will see whether it is possible to place your work somewhat ahead of the mass of other material available.英訳は、Google translate で、seither と Nichterledigung の翻訳のみ林が修正を行った。
内容は明かだろうが、要するに一般代数の論文としては、Annalen 始まって以来の最も重要な論文で、Klein が関連分野を研究していた際に不完全なことしかできず、それが彼を非常に不快にした。そういう問題をことごとく解いていると賞賛し、現在投稿されている他の論文を飛び越して優先的に出版できないか試みてみる、と言っているのである。手放しの賛辞である。そして、その後は、他の問題の数学の議論に移っている。
次の Gordan への書簡でハッキリするが、これは acceptance の書簡なのである。あまりに対応が早すぎる様にも見えるが、すでに速報が三つでており、論文の内容自体は、分かっていたわけだから、それもあって、これだけの迅速な対応だったのだろう。1888年に Hilbert が Klein を訪問した際には、すでに Theorem II の証明を Hilbert は完成させていた筈だから、書簡で、Gordan 定理の別証明を複数発見したと知らされた Klein は、当然、その時投稿された[Hilbert1889a]とは別のもう一つの証明を聞きたがったろうし、それ以前に、Hilbert が、この大先輩に話を聞いて欲しかったはずである。
論文の内容については、何の心配もない。しかし、彼は不変式論の権威で、ひと回りも年長ながら親友だった Gordan に論文への意見を聞くことにした。それは、ある懸念から出た、Hilbert を思っての行動だったようだが、皮肉なことに、それが神学事件を引き起こしてしまう。
1.3. 2月20日: Klein レビューを Gordan に依頼
2月20日、Klein は Gordan に書簡と Hilbert の原稿を送り、レビューを依頼している(書簡の原資料のPDF版)。しかし、これは現代的な意味の査読ではない。むしろ逆で、Hilbert のために何か褒めて欲しかったのである。
Göttingen 20/2 1890. Lieber Gordan! Beiliegend sende ich Ihnen Arbeit von Hilbert zur gef. Durchsicht und ev. Weitersendung an Dyck zu. Ich brauche über die Bedeutung der Arbeit ja kein Wort hinzuzufügen. Auch schien es mir selbstverständlich, dass wir dieselbe ungeän_ dert annehmen, und habe ich in deren Sinne sogar schon an Hilbert geschrieben. Immer wüsste ich Ihnen die Ar_ beit unterbreiten, da sie durchaus in Ihr Gebiet greift. Sie geben mir ja wohl (da ich nun das Ergehen der Arbeit sehr besorgt bin) mit ein paar Worten Nachricht, wenn Sie dieselbe durch_ gesehen haben! Und nun zur unseren Osterplänen. An 29. März und dem nächst folgenden Tagen wirt Dr. Frieße bei mir sein. …"zur gef. Durchsicht" は、"zur gefälligen Durchsicht" のことで、この当時、他人に評価を依頼するときの常套的な表現だったらしいが、詳細は未だ不明。"ev." は eventuell。
Göttingen 20/2 1890. Dear Gordan! I am enclosing a work by Hilbert for your review and possibly forward by Weitersendung to Dyck. I do not need to add a word about the significance of the work. It also seemed obvious to me that we should accept it unchanged, and I have even already written to Hilbert to express my opinion. I would be happy to submit the work to you, as it is definitely in your area. You will surely let me know (since I am very concerned about the fate of the work) in a few words when you have read it! And now to our Easter plans. Dr. Frieße will be with me on March 29th and the next day after that. …"ev." 等の省略を完全な形に置き換えた上で Google translate で翻訳。"for your reviwe", "by Weitersendung" と "fate" は、林が修正。"Ergehen" は現代では名詞としての使用は少ないらしいが、19世紀には主に宗教的な書籍のコンテキストで使用例がかなりある。それらは 「運命」の様な意味で使われていると思われるが、ここでは、Klein 自身は非常に高く評価している仕事が、どの様に受け止められるか、特に自身の若き日の経験から心配していると思われるので、強めに fate と訳した。Weitersendung はドイツおよびオーストリアの制度なので適切な英訳がないため "forward by Weitersendung" とした。
ここでも、Klein が、Hilbert の成果を手放しで賞賛していることがわかる。当時の制度では、Klein の様な editor in chief が出版を決意すれば、レビューの必要はなかったが、それでも Gordan にレビューを依頼しているのは、"Sie geben mir ja wohl (da ich nun das Ergehen der Arbeit sehr besorgt bin) mit ein paar Worten Nachricht, wenn Sie dieselbe durch gesehen haben!" と言う文、特に、その括弧の中の "da ich nun das Ergehen der Arbeit sehr besorgt bin" が示している様に、非常に優れた仕事だと自分は評価しているが、皆そうかどうか不安が残るということだろう。Franz Meyer の脚注から解るように、当時、確かに、Cantor 的な無限に関わる一部からの懸念は存在したのであり、それからすると、有限基底定理は、明らかに、当時の代数学の枠を超えてしまっており、Klein は、そういう懸念を持つ人々からの評価がどうなるか気になったはずなのである。
私は今では、そういう懸念を持つ人たちは、当時としても比較的少数派だったのではないかと思っているが、優れた数学者の中に相当数、そういう人たちがいたことも確かだろう。また、それらを拒否しないまでも、伝統的な思考様式に拘りを持っていたと思われる人たちもいた。たとえば、この講義の有限基底定理 Theorem I は[Grace&Young1903]のものを参考にしているが、この教科書では、有限基底定理を任意の無限列 \(F_1,F_2,\ldots\) に対して定式化するのではなく、次の様に定式化している。
[Grace&Young1903]の主要著者は、Young tableaux で知られる、Alfred Young であろうが、彼の本職はキリスト教聖職者で、教区司祭にまでなっている。
トマス・アクィナスにより、アリストテレス哲学が、キリスト教神学に取り入れられて以後、その哲学体系は、広くヨーロッパのインテレクチャルの思考を支配したと言って良いだろう。そして、そういう伝統に乗って思考する人たちから見れば、Cantor の基本列や集合、Hilbert の form の列は、アリストテレス哲学の一部とみなされていたアリストテレス論理学、伝統論理学、Term Logic における term あるいは class に見えたはずである。そうならば、優れた数学者であったものの、第一義には神に仕える人であった Young が、伝統的な思考法で有限基底定理の無限列を内包で捉えるのは当然のことだったと言える。
ちなみに、transformation の話の時にでてきた Salmon も神学者が本職だった。また、Kummer は最初神学者を目指し、次に哲学に転向し、最後に数学者となった。Riemann の父は、息子が神学者になることを望んでいたという。19世紀とは、そういう時代なのである。
さて、話を戻すと、Klein は、まだ、20代になったばかりのころ、非ユークリッド幾何学の基礎付けの研究を行った際、哲学者や数学者から多くの攻撃を受け、それが相当に応えたらしいことは、[Klein1926]のIV章の延々と続く話から見て取れる。彼は時代を超えた創造的な仕事をすると、そういう目に合うのだと言う意味の事を書いているので、Hilbert も同じ様な経験をするのではないかと心配したのだろう。それが、Ergehen という言葉に現れていると思う。
Hilbert の仕事には、Gordan 問題の解決という大きな長所があった。Gordan 問題は、非常に伝統的な言語で語ることができる、未解決大問題であった。それを新しい言語で解いたということは、伝統的言語に拘る人たちに大きなメッセージとなる。
そのため、Klein は、Gordan に二言三言、賞賛の辞を送って欲しいという気持ちでレビューの依頼をしたのであろう。文面を見ると、読みたくなければ読まなくてもいいよと言わんばかりである。要するに、Hilbert の仕事を、単に不変式論の未解決問題の解とだけ見なさず、代数学を変えるものと見做していたと思われる Klein は、この革命的業績が、その革命性の故に受けるであろう抵抗を、当時の中心的研究分野のひとつであった不変式論の大未解決問題の解決と、それへの当分野の第一人者の賛辞という勲章により和らげようとしたのだろう。
ところで、Klein は、彼の弟子であった Dyck への Weitersendung を依頼しているが、Dyck は、Annalen のエディタの一人で、また、Klein が進めていた百科事典の編纂に深く関わった人であるし、必ず送って欲しいとは書いてないので、おそらく、その様な記録的な意味で送って欲しいと依頼したのであり、レビューとかの問題ではないはずである。
そして、このレビューの話の後、イースターの予定に議論が移っている点に注目して欲しい。講義資料2で、Klein が4月14日に Hilbert に送った、問題解決の知らせには、Gordan が、8日間、自分の元に滞在していると書いている。当日を入れているかどうか定かではないので、4月6日か7日から滞在していたと考えるのが妥当だろうが、ドイツを含む西方教会のイースターの始まりである Ostersonntag は、1890年は4月6日だったのである(Ostersonntag は太陰暦で決まるため、年により異なる)。
つまり、Gordan が Klein の元に滞在していたのは、イースターの休暇を一緒に過ごすためだったのである。ちなみに、ドイツのイースターは、日本で言えばお盆や正月の様なもので、大変大切な期間であるという(参考)。おそらく、19世紀には、今よりさらに大切な家族と過ごすような期間だったはずである。そういう期間に、長く滞在していることは、Klein と Gordan の親密さを表すものであろう。
ちなみに、イースターの話は、"Und nun zur unseren Osterplänen." と "zur= zu der" と定冠詞が付いているので、すでに前に話があったものと思われるが、Göttingen に保管されている Klein から Gordan への書簡は、この1890年2月20日のものが最も古いものであり、また、逆の Gordan から Klein への書簡には、前年の12月にすでにイースターの事が書かれているものがあるが、翻刻ができていないため内容が理解できていない。 いずれせよ、かなり前から計画していたと思われる。
Klein は、すでに講義資料2で見た様に、1888年の書簡で、Hilbert から、Gordan が Hilbert に好意的に接してくれたという報告を受けていたので、よもや Gordan が Hilbert の仕事に否定的だとは思わず、すでに掲載を決定した後に、好意的な賛辞を期待して手順としては必要ないレビューを依頼したと思われるのである。しかし、それが裏目にでてしまう。それが、すでに定説の説明で Frei の翻刻により、その一部を見た Gordan から Klein への2月24日の書簡である。
1.4. 2月24日: Gordan 意見を Klein に送る
Klein が書簡を出した4日後、Gordan が、Klein に返事を送っている(書簡の原資料のPDF版)。その内容の一部はすでに見たが、ここでは、Frei の翻刻から2か所を引用しよう。
Leider muss ich Ihnen sagen, dass ich sehr unzufrieden mit derselben bin. Die Dinge sind ja sehr wichtig und auch richtig, also darauf geht mein Tadel nicht. Derselbe bezieht sich vielmehr auf den Beweis seines Fundamentalsatzes, welcher den bescheidensten Anforderungen, welche man an einen mathematischen Beweis macht, nicht entspricht. Es genügt keineswegs, dass sich der Verfasser selbst die Sache klar macht, sondern man verlangt, dass er den Beweis nach festen Regeln aufbaut.英訳は Google Translate で行い。手は加えていない。
Unfortunately, I have to tell you that I am very dissatisfied with it. The things are very important and also correct, so my criticism is not directed at that. Rather, it relates to the proof of his fundamental theorem, which does not meet the most modest requirements that one places on a mathematical proof. It is by no means sufficient for the author to make the matter clear to himself; one demands that he construct the proof according to fixed rules."er den Beweis nach festen Regeln aufbaut", "he construct the proof according to fixed rules" という部分が印象的な意見である。つまり、証明を行うときには、その証明特有の手順を明確にすべきだという意見だろう。Gordan の補題の証明は、irreducible な解の有限集合が、もとめるべき基であると宣言した後、それを計算する方法の説明が書かれていたわけだが、そういうものが必要だというのであろう。
講義資料3の有限基底定理の証明では、form の列を次の様に \(H\) で「割り算」した。 \[ F_i=HP_i+M_ix_n^{r-1}+N_i. \] Gordan は、ここから、証明がおかしくなると主張した。その部分を引用しよう。
Von dieser Stelle an vermisse ich jedes Eintheilungsprinzip. Bei jedem Rekursionsbeweise mache ich folgenden Anspruch: Zuvörderst muss eine völlig klare Eintheilung aller Formen getroffen werden, dann erst darf ich von den einfacheren auf die verwickelteren Formen schliessen. Dieser Anspruch wird nicht erfüllt; dann ist der Beweis schlecht.英訳は Google Translate で行い。手は加えていない。
From this point on, I miss any principle of classification. In every recursion proof, I make the following claim: First of all, a completely clear classification of all forms must be made, only then can I conclude from the simpler to the more complex forms. This claim is not fulfilled; then the proof is bad.先に引用した部分でいうルールで証明が構成されていくような証明を Gordan は、Rekursionsbeweis と呼ぶ様だ。プログラミングをするときに使う再帰呼び出しを recursion というわけだが、そういう風に構成された証明だと理解して、その正しいパターンに Hilbert の証明が当てはまらない、だから、その証明は schlecht, bad だというのである。
しかし、我々は、すでに Hilbert の証明が、そういうプログラムの様な証明ではないことを知っている。Hilbert の Theorem I の証明は、プログラムはプログラムなのだが、永遠に止まらないプログラムだからだ。そして、答は「出力の停滞」という、必ず有限時間内に起きるも、プログラムを作った人にも、いつ起きるか予測できない現象でのみ求まるのである。
これが Gordan が言う Rekursionsbeweis, recursion proof ならば、何かのカウンターの様なものがカシャカシャと減っていき、それがいつかは、もう減らせない数にまで到達したとき、プログラム自身が「止まれ」と判断できるわけである。しかし、先に説明した様に、Hilbert の証明、特に割り算を行った後の部分、まさに Gordan が、recursion が無いと批判した部分は、私が limit computing の考えで説明した、上の様な永遠に走る証明の部分であり、プログラムにも人間にも停止のタイミングは判断できない。つまり、bad recursion proof なのではなくて、元々別物なのである。それが Gordan には理解できなかったのである。
Gordan は数学の証明にはプログラムの様な計算の仕組みが必要だといい、Hilbert は、Königsberg の不変式論講義の講義ノートに見たように計算は不要だという。何という証明観の違いであろうか。 この様な完全な行き違いからの Hilbert 批判の後、Gordan は、論文の不掲載を Klein に勧めている。また、「間違い」の根は深く、簡単には直せないとも書いている。
これに対する Klein の反応がわかるのが、次の1.5の中で分析する Klein から Hurwitz への2月28日の書簡である。ちなみに、Gordan からの書簡を受け取った Klein は、Gordan に再び書簡を送っているが、これの翻刻はまだ完成していないが、それほど重要な情報は入っていないようである。しかし、これも完成したら、次の Hurwitz への書簡などと共に、WEBで公開する予定である。
1.5. Hurwitz と Klein のやり取りと Hilbert の怒りの書簡
2月28日、Klein は彼の元学生で、今は Königsberg 教授となり、Hilbert の頼りになる先輩だった Adolf Hurwitz に書簡を送っている(書簡の原資料のPDF版)。これは、故郷の Hildesheim に帰省するので、その際に Göttingen に Klein を訪問したいという Hurwitz からの書簡への返信であった。Hildesheim は、Göttingen より Königsberg に近いのだが、同じ Niedersachsen 州にある。
その書簡から1か所引用しよう。翻刻は林による。
Wollen Sie bitte den Gordan'schen Brief Hilbert zeigen. Ich hatte die Hlilbert'sche Arbeit zunächst an Gordan geschickt, wie ja sachliche und persönliche Rücksichtnahme druchaus vorschrieb. Und nun dieses schroffe Urtheil! Ich verhandele einstweilen mit Gorden, wie die Sache praktisch zu werden ist. Aber ich wünsche, dass Hilbert diesen Brief in seiner ganzen unvermittelter Form liest, weil wie das die beste Metthode scheint, um später Verständigung herbeizufüren. Eben deshalb scheue ich mich auch nicht, Sie mit in diese Discussion herumzuziehen. Es handelt sich ja nicht darum, irgentwelche unangenehme Aeusserungen zu hinterbringen sondern wirklich vernüftig zu überlegen, worin eine so grosse Meinungsverschiedenheit begründet nun kann.Aeusserungen は現代語では Äußerung になる。
Would you please show Hilbert Gordan's letter? I had sent Hilbert's work to Gordan first, as objective and personal consideration is important. And now this harsh judgment! In the meantime I am negotiating with Gordan how the matter should be dealt with in practice. But I would like Hilbert to read this letter in its complete and original form, as it seems to be the best method for bringing about understanding later. That is precisely why I am not afraid to drag you into this discussion. It is not a question of making any unpleasant statements, but of really considering sensibly what could be the basis for such a great difference of opinion.英訳は、Google Translate で行い、"consideration dictated" という訳を "consideration is important" に、"in seiner ganzen unvermittelter Form" の "in its entirety" を "in its complete and original form" に置き換えた。
この前に、同封の手紙の様に Gordan を Osterfest イースターのお祭りに招待したと書き、手紙が同封されていたことが分かる。それが、2月24日づけの Gordan からの手紙であった。コピーなど無い時代なので、実物を送り、それを Hilbert に見せたわけである。ちなみに、それを見た Hilbert が、それを子細に書き写したものが Göttingen 図書館にある。
これにより、[Frei1985]の書簡55で Hilbert が Klein に、Hurwitz から Gordan の書簡を見せられたと書いていることの背景事情がわかったわけである。その書簡55によれば、Hilbert は、Gordan の手紙を、書簡55に同封して送り返している。
上の引用の重要なポイントを纏めよう。まず、Klein に取って、Gordan の反応は非常に意外なものだったということが、And now this harsh judgment! という文でわかる。そして、Gordan を説得することを決断している点である。もちろん、以前は、Annalen と関係があったものの、今は、そうではない Gordan の意見を無視しても、Klein に取っては制度上は何ら問題がなかった筈だ。当時のドイツの雑誌には、peer review のシステムなど無かったのであるから、Klein が良しと言えば、それが総てなのである。
ただ、それでは、イースターに招待するほどの年長の友人との関係が悪くなってしまう。Klein は、神学事件の後も Gordan との関係を良好に保った様で、たとえば、講義資料2ですでに述べた様に、1899年のミュンヘンでの学会での Gordan の講演を聴講して質問もしているのは、その一つのあらわれだろう。他にも一人が質問しており、質問は二つであった。ちなみに、同じ学会で、Hilbert も有名なディリクレ原理の合理化について講演しており、多くの人が関心をもったようで、Gordan を含む6名が質問したことが[GDNÄ1900]に記録されている。Gordan の講演は、Klein が聴いていなければ、質問は一つだけと寂しいものになったはずである。
また、その前の "wie ja sachliche und persönliche Rücksichtnahme druchaus vorschrieb.", "as objective and personal consideration is important." というフレーズは、おそらく、自分の意見だけでなく、Gordan の様な、第3者で、また権威である人物の意見が重要だという意味であろう。つまり、先に述べた、Gordan が Hilbert に勲章をつけてくれることを望んで、レビューを依頼したという私の理解と整合的であるように思う。
Hurwitz から Gordan の手紙を見せられた Hilbert が、3月3日に、激しい「抗議」の書簡を Klein に送ったことは、すでに講義資料2で紹介した(書簡の原資料のPDF版)。それに Theorem II の証明のみ、Leipzig で Gordan と議論したことなどが書いてあることは、すでに説明した通りであるので、これの説明は、その書簡で、Hilbert が、一言一句変えるつもりはないと、まるで Klein に抗議するかのような激しさで、書簡を終わっていることだけをつけ加えておこう。
私は、Klein の対処の仕方が悪かったのではないかと思う。エディタである自分が出版を決意しているので、これは、Gordan と自分との問題である。その内、Gordan と議論して、意見の違いを何とかするつもりであるから心配しない様にと、Hurwitz 経由で伝言しておけば、Hilbert が激烈な書簡を書くことなどなかっただろう。ただ、そのお陰で「忘れられた証明」が発見できたわけで、私としては、この Klein の対応のまずさに感謝するしかない。歴史というものは皮肉なものなのである。
おそらく、Klein は、Gordan がイースターで Göttingen に来た時、Hurwitz への手紙に書かれている意見の調整をするつもりだったのだろう。そして、都合がつけば、Hurwitz も、その議論に参加して欲しと思い、"I am not afraid to drag you into this discussion" と書いたのだろう。しかし、書き方が曖昧過ぎてハッキリとした意思が分からない。
しかし、この初動の対応のまずさは、幸いにも大火事にいたらず、最終的には、約1か月後、すべての問題が鎮火させられる。残念ながら、それは、Göttingen の Klein の自宅で行われた Gordan, Klein, Hurwitz の間の議論によって行われた筈なので、記録も何もない。そして、おそらく、その議論の中で、"Das ist nicht Mathematik, das ist Theologie" という Gordan の発言があったものと思われる。
そして、これに何らかの史料的証拠が見つかるとしたら、現在は、失われている Klein から Max Noether へ渡された Gordan についての Anmerkungen が発見される位しか可能性はなさそうである。しかし、これだけ Klein 中心で事態が進行していることが明らかになった以上、Klein の数学史講義での発言を信じないということは、彼の19世紀数学史[Klein1926]の叙述全体をさえ信じないというのと同じ位に馬鹿げたことであろう。
1.6. 4月14日: Klein からの事件終焉の報告
Hilbert の火の粉をまき散らすかの様な激しい書簡から、1カ月以上が過ぎた4月14日、Klein が Hilbert 宛てに短い書簡を送った(書簡の原資料のPDF版)。[Frei1885]の書簡36である。その冒頭を引用しよう。
Gordan ist jetzt 8 Tage bei mir gewesen und wir haben viel mit einander verhandelt. Ich muß Ihnen doch mittheilen, dass er ganz anders über Ihre Arbeiten denkt, als dies nach dem an mich gerichteten Brief scheinen konnte. Sein allgemeines Urtheil ist ein durchaus anerkennendes, wie Sie es sich besser nicht wünschen können.
Gordan has been with me for eight days now and we have discussed a lot. I must tell you that he thinks quite differently about your work than he might have seemed from the letter he wrote to me. His general opinion is one of complete approval, and you could not wish for anything better.英訳は、Google Translate で行い、手は全く入れていない。
Wissenschaftspolitiker の面目躍如といった所で、Hilbert にも Gordan にも良い顔をしようとする Klein の姿が見えるような気がする。 しかし、真実を告げるフレーズもある。最初の文である。"wir haben viel mit einander verhandelt", "we have discussed a lot" と書かれている。思い出して欲しい、この8日間は、イースターだったのである。それは、おそらく1889年から計画されたもので、Gordan は Klein 一家と楽しく過ごすために、Göttingen を訪れたのである。しかし、そこに待っていたのは、Klein そして Hurwitz との議論だったようである。 Klein は、"Hurwitz wird Ihnen viel von hier erzählen", "Hurwitz will explain a lot more to you "(翻訳は林) と書いているので、Hurwitz が、議論に参加したことが判る。
この時、Gordan が、「神学も役に立つと納得したよ」と言ったのか、あるいは、それは彼が Hilbert の証明を本質的に改善した1899年のMünchenでのことで、この時は、渋々 Hilbert の仕事の出版に同意しただけだったのか、それは分からない。しかし、兎も角、Klein は、意図せず自ら火をつけてしまった問題を丸く収めることに成功したようである。
今回は紹介しなかったが、色々と事情が分かる他の書簡や、また、上に示してきた書簡の中の、取り上げなかった部分などについてのさらなる議論を、この講義の後に講義資料を編集してWEBで公開するものに入れる予定でいるので、興味がある人は、shayashiyasugi.com の更新情報を時々見てください。
2. 事件の総括: 「Hilbert の神学」はどれ位革新的だったのか
最後に、有限基底定理が、当時としては、どれ位革新的だったのか検討して、この資料を終わろう。Klein の手放しと言ってよいほどの賞賛が示す様に、それが数学的に革新的であったことは論を待たない。それは Gordan も同じ意見だったのだろう。
問題は証明方法の革新性である。ドイツの主流の不変式論研究の方法である、symbolic method からみれば、それは確かに「神学」と呼びたくなるようなものであったろう。しかし、symbolic method だけが数学ではない。たとえば、Klein は、その証明方法に違和感を持たなかったようである。ただ、自分の若き日の非ユークリッド幾何学研究での嫌な経験から、それを受け入れない人たちがいることは予想できたのだろう。
Klein の弟子である Hurwitz も、ある書簡で Hilbert の証明は簡単なものだ、と書いている。私の印象では、Kronecker が二流の数学に分類した幾何学などでの研究経験がある人達は、多くがすんなりと、Hilbert の証明方法を受け入れているように思う。
その一例が、Reid が Hilbert の「神学」に a priori な困難を覚えたと誤解した、Cayley である。先ほど、Klein の若き日の非ユークリッド幾何学の研究について触れたが、実は、そのアイデアの元は、Cayley の射影幾何学の研究だったのである。
第一速報の Theorem I と Theorem II の証明が間違えていたことは、すでにのべたし、その反例も宿題4の答として示したが、実は、あの反例は、Hilbert に宛てて Cayley が1889年1月30日の書簡にある、Theorem I から Theorem II への推論ステップに間違いがあることを示すために書かれていた例だったのである。
そして、最も気になるのが、講義資料3で引用した Berlin の数学者たちの反応である。常識ならば、有限基底定理の無限性を、Kronecker が激しく反応し批判した、という話を期待する所なのだが、Berlin では良く知られた結果に過ぎないという様な反応であったというのである。これは一体どういうことなのだろうか。Hilbert は複数の情報源から聞いているので、本当に Kronecker たちは、そういう態度だったと見るしかなさそうである。これの本当の意味を知るには、研究が十分とは言えない Kronecker の数学、特に Grundzüge の中に、そういうものがあるのかどうか調べる必要がありそうだ。おそらく、これが今後の最大の課題であろう。
この後、1890年より後の Hilbert 不変式論の展開と、その後の不変式論と現代数学について、極く短く触れて、この講義を終わることにする。
講義資料4の終