講話「歴史学から見た京都学派」

11月30日の土曜日は、京大医学部の紫蘭会館で名誉教授懇談会に出席。

こういうものは苦手なので、普通なら出ないのだが、今年度の懇談会の幹事の伊藤之雄先生に講話を依頼されていたので出席。文系と理系と、それぞれ今年の新人名誉教授が話をするのだが、文系の講話を林が担当。理系の講話は情報学研究科から杉江俊治先生

林の話は、京都学派研究を近現代歴史学の手法で行うという、林がやっていることの実例入りの説明と、それが哲学史としての京都学派研究に良いインパクトをもたらすという話。下の図がPptの表紙。Pptをpdf化したものが、こちら

長尾真先生が来ておられたので、ご挨拶をしたら、最近書かれた「情報学は哲学の最前線」をお送りいただけるとのこと。これの出版社版らしい。

喜多一先生が来ていたので、林よりかなり若いはずなのに変だなと思って聞いてみたら、情報環境機構長としての出席とのこと。なるほど!

その喜多さんと、元情報学研究科の応用数学の方とヒルベルトの話をしていたら、森重文先生が会話の輪に入ってこられたのでビックリ。林が数研にいたことも御存じで、家に帰ってそのことを話したら、どうも連れ合い(八杉満利子)と数研の委員やら学術会議やらで交流があって、その関係で知って頂いていたらしい。大変気さくな感じのいい方の様で、もっと話したかったのだが、来年度の幹事として紹介するので来て欲しいと事務方に促されて後ろ髪を引かれる思いでその場を離れた。

で、来年度幹事の紹介のために、マイクの近くに行く途中、別の方につかまって、暫く話す。事務の方には悪かったが、色々の方が講話を気に入ってもらえたらしいことが分かった。実は、講演時間を5分間違えて、最後の西谷の部分は殆ど端折ってしまって、どんな反応かと心配していたのだが、山極総長も挨拶の際に言及してくださって、どうやら受けたらしく一安心。

長尾先生の本が届いたら、お礼の手紙でもお送りしないといけないが、西谷の空の思想とNFSの関係を指摘した講演のスライドでも印刷してお送りしようかな…

南川文学研究科長も来ておられて挨拶をしてくださった。懇親会の方で南川先生と幹事の伊藤先生が話ておられたので(伊藤先生は文学部の歴史のご出身でお二人は旧知の仲とかで、講話の依頼も南川先生経由)、会話に加わったら、講話の際に言及した近現代史における史料の話になって、伊藤先生は近現代史なので基本的に同意見ということだったが、南川先生は西洋古代史なので、自分は史料の発掘はしない解釈で勝負とのこと。

実は、少し前に京都新聞の天眼というコラムで、元京都橘大学学長の田端泰子さんが、近現代史の人は史料集めもしなくてはならず、自分の様な中世史の研究者に比べて大変さに頭が下がるという様に書かれていた。京大文の現役時代は、所属していた現代文化学系は、現代史関係の人が多く、自分もそうなので、歴史家は史料の発掘からするのが当たりまえと思っていたのだが、実は、我々より、古い時代を対象とする歴史家は、そうではないらしいと気づいていたのだが、それが南川先生の一言で「確定」!

林が歴史学が大好きである理由の一つは、古い史料の実物を手に取れる(学者の役得です!)という点。要するに骨董品が好きな人がいるように、単純に古い史料が好きなだけ。それが、さらに今まで誰もが振り向かなかった史料ならば尚よい。実は、そういう史料を「読み解く」ときの感覚は、新雪の上を一人あるく感じ。これは他の学問(少なくとも数学とかIT)と同じだが、元史料の場合は、その史料を書いた人が、その背景にあり、時間を超えて、その人物とつながるような感覚におちいることがあり、こういうことに感動してやっている面が大きい。しかし、これは偶々、林がやっている数学基礎論史や京都学派の思想史が近現代史だからということに漸く気が付いた次第。

京大文に在籍の最後の年度は、研究室(専修)を改変した関係で、現代史と共同のセミナーに(時々だけです。大半サボりました。現代史の方々すみません!)でていたのだが、前年度までの自分のセミナーと同じようだと感じたし、現代史の同僚からは、もっと早く現代史のセミナーにでてもらったらよかった、と言われた(内容的にはそうなのだが、それではさすがに忙しすぎたろう(^^))。要するに、林は数学や京都学派を対象に近現代史をやっていた(いる)わけだ。

50代になっての文系への転向以後は、実に幸運な偶然の連続だったが(これについて、数日内にUPするエッセイで書く予定)、偶々、19世紀から20世紀初頭の話をやっていたというのも、その幸運の一つだったのだなー。(^_^)

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